ほっと9(ナイン)ながの 長野で働くスタッフが、長野地域の9つ(ナイン)の市町村の「ホット」な魅力をご紹介!(長野市、須坂市、千曲市、坂城町、小布施町、高山村、信濃町、飯綱町、小川村) 私たちの日々の仕事の話、「ほっと」一息つける癒しの裏話、きっと役に立つ暮らしの豆知識、おすすめ絶品グルメ…などなど、ここでしか出会えない”ながの”のすがたをお見逃しなく!(旧「ほっとスタッフブログながの」)(写真:信濃町 黒姫山))

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【信濃町・小林 一茶】江戸期三大俳人の一人・一茶のふるさとを散策…

企画振興課…にわか仕込みで、はちゃめちゃ投句 “Massan”です。

小林一茶の俳句と言われたら、個人的にまず「やせ蛙負けるな一茶これにあり」それから「雀の子そこのけそこのけお馬が通る」これも「雪とけて村いっぱいの子どもかな」そうそう「やれ打つな蝿が手をすり足をする」などを思い出しますね(^^)俳句の世界にうとい私の感想ですが、ずいぶんと親しみやすい俳句と言うか(^^) とても親近感が湧いてくる…そんな気がしますね。今回は、11月19日の一茶忌(一茶の命日)にあわせて、俳人・小林一茶のお話を投稿させていただきます(^^)

 

◇小林一茶

松尾芭蕉、与謝蕪村と並ぶ江戸時代の三大俳人の一人に数えられる小林一茶、本名は小林弥太郎。1763年…江戸時代後期に柏原宿(現在の長野県北部の信濃町柏原)の農家に生まれました。3歳のときに生母と死別、その後は継母との折合いが悪く、15歳のときに江戸に奉公に出されることとなりました。20歳の頃からは、俳句の道を目指して、俳号を一茶としました。江戸の著名な俳人の句会に入り、貧乏に苦しみながらも、次第にその名を上げていくことになります。30歳から36歳ころまでは、近畿・四国・九州での修行にも没頭しました。39歳で柏原の生家に戻ると、病床の父の看病をしましたが、わずか一か月の後に父は亡くなり、そして継母・弟との建物や農地の相続争いに…十年に渡って繰り広げることとなります。50歳の頃、一茶はようやく継母や弟と和解することができ、52歳のときには28歳のきくと結婚し、三男一女をもうけることに、しかし子ども達は幼くして次々に亡くなりました。さらに妻きくも37歳で他界しました。その後は、再婚するもわずか二月余りで離婚、そして再々婚。柏原宿の大火では、家を焼失し、焼け残った土蔵で暮らし始めるも、同年冬…11月19日に65歳でその生涯を閉じました。家族運に恵まれず、不遇の生涯ではありましたが、そのことさえもユーモアにしたのだとか…。その人柄からたいへん多くの人々に愛された一茶、生涯2万にものぼる句を作りあげたと言われています。代表作は「父の終焉日記」「おらが春」など…

 

◇一茶忌全国俳句大会

11月19日は、小林一茶の命日で一茶忌と言われています。本来でしたら、この日一茶を偲んで法要が執り行われ、俳句大会の表彰式、そば処信濃町ならではの新そば会などもあわせて開催されます。俳句好きの方、一茶ファンはもちろんのこと、新そばを楽しみにされている方で、たいへん賑わう恒例の行事ですが、昨年今年と新型コロナウイルスの流行状況に配慮する中で、中止となりました。

また、一茶忌俳句大会と言うことで、毎年5月から8月まで俳句募集が行なわれているのだとか…ぜひ皆さんもご投句してみてはいかがですか(^^)/ 一茶忌にあわせて「全国俳句大会作品集」として発表されるみたいです。詳しくは、一茶記念館のホームページをご覧ください。

 

◇一茶まつり・全国小中学生俳句大会

一茶まつりとは、俳句大会を盛り上げようと、30年以上前に地元商店街の皆さんや有志の皆さんが中心となって始まったお祭りなんだとか(^^)  小林一茶の生誕にあわせ毎年5月5日に開催されています(^^)今年は、残念ながらコロナ禍に配慮して、中止となったようですね。

一茶まつりのメインは、何と言っても毎年恒例の“全国小中学生俳句大会表彰式” 学校単位でご投句できるようです。詳しくは、一茶記念館のホームページをご覧ください!

 

◇一茶記念館 

一茶終焉の土蔵が国史跡に指定されたことを記念し、昭和35年に一茶の墓所でもある小丸山に開館となりました。そして、平成15年4月には新館となり、一茶の生涯に渡る文学の数々を中心に展示、企画展などイベントも頻繁に開催されているようですね(^^) 貴重な資料がたくさんあり、見どころ満載、かなりのボリューム感がありますね。

ちなみに例年冬期間(12月1日~)は閉館となりますが、今年は職員がいる平日のみ見学ができるようです(^^)詳しくは、記念館までお問合せください!(電話番号026-255-3741)

一茶記念館ホームページはこちら… http://www.issakinenkan.com/oshirase/

(外観)

(記念館入口)

(一茶直筆の扇子)

 

◇一茶が眠る小丸山公園・俳諧寺

小丸山公園の一茶記念館のすぐ横にある俳諧寺は、紅葉がとても綺麗ですね。写真は11月上旬です。

 

◇一茶終焉の土蔵(国史跡指定)

北国街道柏原宿…国道18号線沿いにある一茶が最晩年をすごした焼け残りの土蔵(復元されたもの)です。

土蔵の中には囲炉裏が…

こちらは、一茶の弟の屋敷ですね。

 

・・・最後に、私もこっそり投句と言うか(苦笑)

①鍋の時季酒瓶の時季勝手口

②朝靄のみづうみ鴨の声渡る

③寄ってって俺がやるから鍋奉行

④香ばしき秋刀魚高値に身を狭め

⑤手を染めて一茶弔ふ蕎麦係

⑥木枯らしか 幻聴と言うか 苦笑い

信濃町の俳句名人の方が、快く…夏井先生ばりに添削してくださいました。おかげさまでブログに掲載することができました!ありがとうございます(^^)  ⑥番目は、お約束ネタということでご容赦ください(^^;

5・7・5…心地よいリズム感、たった17文字程で作る詩…物語、世界一短い定型詩なんだとか。この文字数に季節感を出し、情景、光景を伝える…もちろん技法なども繊細にして奥が深い。来年の一茶忌全国俳句大会には、私も頑張って投句してみたいと思います。

最後に・・・ “一茶忌” と言うことばそのものが、冬の季語なんだとか…。時代が変遷しても、一茶は多くの皆さんに愛され続けていると言うことがうかがえますね(^^)

信濃町PRキャラクター“一茶さん” https://www.town.shinano.lg.jp/docs/681.html

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