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つれづれなる水の流れ ~長野市の八幡山王堰~

 農地整備課の「NN46」です。

今回でシリーズ5回目となりますが、今回と次回の6回目とで、長野市街地を流れる八幡山王堰から八幡川について紹介しましょう。

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まずは、県庁近くで秋を感じるこんな景色がある八幡山王堰(はちまんさんのうせぎ)です。場所はピンとこないと思いますが、県庁の西側の大口分水へ流れる堰で、「堰」とは一般的には用水路と思ってもらえればよいでしょう。

 次の地図2枚は、昭和23年12月に発行された長野市全図と現在の地形図の一部を切り抜いたものです。

昭和初期は、鐘鋳堰(かないせぎ)と八幡山王堰が別々の場所で、裾花川から取水しています。その後昭和11年に善光寺用水農業水利改良事業によって取水口が統合されたので、現在では善光寺用水の鐘鋳分水工が起点となって鐘鋳川と八幡山王堰が始まっています。

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▲昭和初期(地図出典:金華堂書店 発行 長野市全図)

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▲現在の姿(出典:国土地理院発行2万5千分の1地形図(長野))

さて今回は、鐘鋳分水工をスタートして長野市の河川図に沿って進み、八幡山王堰(はちまんさんのうせぎ)を大口分水工までです。その下流の八幡川は次回第6回で紹介します。

まずは、前回ご紹介した鐘鋳分水工です。(右側が八幡山王堰の取入れ口)

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分水工の出口です。

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民家の横を流れる八幡山王堰(よく見ると堰に降る洗い場があります)

「洗い場」は、用水を生活用水等の多目的に利用するため、水面近くまで降りられる構造になっています。この後に出てくる裾花用水の分水工の写真も参考にしてください。

 さらに、堰に沿って右岸天端を進むと、天端コンクリートに文字が書いてありました。

古くて判読しにくいのですが、「裾花川水利工事 昭和10年 竣工」と刻まれているようです。鐘鋳堰と八幡山王堰を結ぶこの水路の完成年月を記録したものでしょうか。

善光寺平農業水利改良事業は昭和7年に着工し、11年に完成したとあるので、長野市全図とは整合していませんが。

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▲天端コンクリートに「裾花川」の文字

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県庁近くでホタルが舞うのは、全国的にもめずらしいようです。

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