ほっと9(ナイン)ながの "長野で働くスタッフが、長野地域の9つ(ナイン)の市町村の「ホット」な魅力をご紹介!(長野市、須坂市、千曲市、坂城町、小布施町、高山村、信濃町、飯綱町、小川村) 私たちの日々の仕事の話、「ほっと」一息つける癒しの裏話、きっと役に立つ暮らしの豆知識、おすすめ絶品グルメ…などなど、ここでしか出会えない”ながの”のすがたをお見逃しなく!(旧「ほっとスタッフブログながの」)(写真:須坂市 五味池破風高原のツツジ))

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【長野市 七二会陣場平山】『国に取り上げられた共有地の山林が地元に返ってきた喜びを表現した明治時代の石碑』 官有地(かんゆうち)下戻(さげもどし)記念碑について

林務課のSです。
11月3日に陣馬平山のふもと、地蔵峠に行ってきました。
11月に入ると長野市の市街地は日本海からの季節風の影響を受け、曇りや小雨になる日があります。
当日は午前中小雨交じりで肌寒かったのですが、午後には日差しがあり、虹を見ることができました。🌈


▲長野市街地でみられた大きな虹(ホテル犀北館付近)
陣場平山は長野市の「旧戸隠村」(裾花川流域)と「旧七二会村」(犀川流域)の間にある山で、ふもとに平たんな地蔵峠があります。
午後、長野市街地から旧戸隠村を経て車で20分ほど登ると地蔵峠があり、そこに2つの石碑と1枚の看板が建てられています。


▲地蔵峠の県道脇に建てられた石碑や看板(遠景)

それらは次のとおりです。
① 「官有地下戻記念碑」(1906年建立)


▲官有地下げ戻し記念碑の石碑

「官有地下戻記念碑解説文」長野市観光課(2007年看板設置)【PDF】

① の石碑の解説文です。


▲長野市観光課が設置した①の石碑の解説文の看板

「長野市戸隠祖山林野組合解散記念碑」(2009年建立)【PDF】

 

これは、山林を長野市有林(長野市の管理)としたことにより、これまで山林を管理していた組合が解散した記念碑です。


▲長野市戸隠祖山林野組合解散記念碑の石碑

2014年の信濃毎日新聞の取材によると、これらの石碑は地元の方にとって大切なものだということです。
陣馬平山は室町時代(春日氏という豪族が当地を治めていた時代)から、まきなどを採るために住民が共同で管理する共有地(:入会地(いりあいち))として利用されてきました。地元では住民が管理組合をつくって山林を管理し、戦前は、まきや炭焼きに使ったり、草を刈って馬の飼料にしたりしたそうです。
ところが1875年(明治8年)に「官有地」に変わり、住民は山に立ち入ることができなくなりました。一説には当時の戸長(村長職に相当)が間違って「公有地」を「官有地」として届け出たのが原因だともいわれています。住民はその後何度も国へ請願し、1903年(明治36年)にようやく、官有地から民有地への下げ戻し(返還)が認められました。この石碑は3年後の1906年にこうした経緯を伝え、関係者をたたえるために建てられました。

2014年の信濃毎日新聞の取材に対して地元の方は次のように語っていました。

「石碑には、住民が力を合わせることが大切だという思いが詰まっている」。
「私が子供だったころ、ストーブのたき付けに使う小枝を拾いに山に入った。コース(注:周辺の歩道のコース)を整備して史跡を守ることは、七二会の歴史を後世に伝えることにつながる」
******
周辺ではカラマツやカエデなどの紅葉が低い日差しに照らされていました。

 


▲ダンコウバイなどの広葉樹の色づき

 


▲カラマツやカエデの紅葉

山の管理の大変さとともに、公文書に誤字脱字等があったり、図面の位置に誤り(現地確認の怠り)があったりするとその後大きな苦労するような事例の一つに触れたような気がして、記録の作成などには十分注意しなければならない、と改めて感じつつ山をおりました。

※なお、地蔵峠の周辺の県道は例年、冬季(12月から4月上旬)は通行止めとなります。

■参考・引用文献
・『おらがふるさと里山自慢(4):陣場平山 下げ戻しの山林、住民が管理 地域の歴史後世に伝える』
信濃毎日新聞2014年6月20日、朝刊28ページ

・『長野市誌 第8巻』 P816~818ページ
・地蔵峠「官有地下戻記念碑」(1906年建立)
・地蔵峠「官有地下戻記念碑解説文」長野市観光課(2007年看板設置)
・地蔵峠「長野市戸隠祖山林野組合解散記念碑」(2009年建立)

■(追録)1906年に建立された記念碑を読み取ってみて・・・
・碑文が共有地(入会地)や官有地に係ることがわかります。

・碑文には当時の関係者が何度も国へ返地の請願をし、返地後の喜ぶ様子がわかります。
(東奔西走、歓声(歡聲)という表現をしています。)

  

最後までご覧いただきありがとうございました。

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