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100年前の造林計画書は「模範林」を目指していた・・・。その計画書は、私たちが100年後の森林の姿を考える上で、良いお手本になるものでした。

佐久市臼田支所に保存されている『天然造林計画書』は、旧青沼村の村有林における造林等の方針をとりまとめた100年以上前の計画書です。
この計画書を解読したところ、当該計画はしっかりした将来ビジョンを持つ計画であることがわかったので、紹介します。
■旧青沼村『天然造林計画書』について
当該計画書によると、1917年(大正6年)に、28町歩(約28ヘクタール)余りの所有森林に8万5千本(1ヘクタール当たりちょうど3000本)のアカマツを植林し、成長したあとで15箇所に分けて順次伐採することを計画しています。
PDF1_青沼村_天然造林計画書(原本のコピー) PDF2_青沼村_天然造林計画書の内容

植林作業は、県費の補助を受け、村民720名余りで行い、「きわめて迅速に完成を見たり」と記されています。
また、
①数度の山火事により、荒れ果ててしまった現況を踏まえ、
②田野口藩主である大給候がきのこ狩りをした頃のように風味の良い松茸を生産し、
③風光明媚な由緒ある自然景観を復活させるためアカマツの模範林を造成することとしています。
※大給候:大給恒(おぎゅうゆずる:松平乗謨、1839~1910)
幕末の田野口(竜岡)藩主で、星形要塞の龍岡城を建設し、江戸幕府の老中も務めた。明治維新後は、日本赤十字社の前身である博愛社の設立と育成に貢献した。
■この計画を改めて読んでみた感想
現在林務課でも森林整備を推進するためのさまざまな事業を行っていますが、
全体的に共通しているのは、
①現地の調査をしっかり行うこと、
②計画的に山仕事を進めること(森林計画制度)、
③計画に基づいてきちんと作業を行った場合に金銭面で助成すること(補助制度)
の三つが柱になっていることです。
旧青沼村で100年以上前に作成された計画が、この三つの柱(ポイント)をしっかり押さえた計画になっていたことに驚きました。

■現地の状況
現在、佐久盆地の南側にある旧青沼村(かつて佐久市入沢・佐久穂町平林にあった村。JR小海線青沼駅から羽黒下駅付近)の集落の背後には小高い山が広がっています。

▲佐久市青沼区付近からみた計画対象地の山林
(2022年6月撮影)
計画書にある「曽原松茸」という当時のブランドのような生産品の名前がありました。現地には林道曽原線が通っており、計画書の対象地はこのあたりではないかと思われます。

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