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「川中島の戦い」再び? 長野合同庁舎1階窓口にブロック製の武者が登場!!!

床几(ぎ)に腰かける武田信玄に、単身切りかかる上杉謙信! あっ、危ない!―。

数ある戦国時代の戦の中でも、一、二を争うほど有名な戦に「川中島の戦い」があります。

第四次川中島の戦いの際には、上杉謙信が武田信玄の首を狙って馬上から斬りつけ、武田信玄は軍配で防いだと言われます。

この真偽については定かではありませんが、数次にわたる川中島の戦いの中で、最も激しい戦いであったことは間違いないようです。

甲斐(現・山梨県)の躑躅ヶ崎(つつじがさき)館を拠点に南から勢力を伸ばした武田信玄と、越後(現・新潟県)の春日山城を拠点に、武田信玄の侵攻に対してにらみを利かせた上杉謙信。両雄が幾度となく戦いを繰り広げたことは、あまりに有名な話ですね。

織田信長は、武田信玄を大変恐れていたようで、政略結婚をしたほか、何度も貢物を届けて、「御機嫌伺い」をしていたとも言われます。

両雄のいずれかが同時代にいなかったら、織田信長の天下はなかったかもしれません。

前置きはこれくらいにしまして、こんにちは!農政課のライターMです。

県長野合同庁舎1階の窓口にこのほど、川中島の戦いをイメージして玩具のナノブロックで組み立てられた武者が並びました。

発案者は農政課のO係長。

以前、NHKの大河ドラマ「真田丸」が話題になった時、当時、観光振興の部署にいたO係長が自腹を切ってブロックを購入して、課員の協力を得て真田幸村をはじめとした「武者」を作成し、両軍の間に流れる川も自作した上で、JR東日本東京支社(東京都北区東田端)に展示しました。

(※実際には川中島の戦いには、幸村自身は出陣していません。)

部署変更に伴い、東京で展示していた玩具一式を自宅に持ち帰ったO係長。

このほど、家でほこりをかぶっていた武者の玩具を久しぶりに見付け、「このまま家の中で眠らせるよりも、県民の方に喜んでもらおう。」と、長野合同庁舎1階窓口に設置することを考えました。

ところが、このブロックの玩具は大変繊細で、ちょっとした衝撃で崩れてしまいます。

発見時には原形をとどめないほどに崩れており、再生が難しいと悩んでいました。

同僚に話してみたところ、「それは面白い」と賛同の声が上がり、有志職員が勤務時間外に一緒になって取り組み、見事に再生することに成功しました。作業に加わった一人、K主事は「新しいブロックを付けようとすると、既存のブロックが崩れてしまう」と、当時の苦労を振り返ります。

O係長は「玩具は県に寄付するので、長野合同庁舎にお立ち寄りの際には、是非、窓口にも顔を出していただきたい。」と呼びかけています。

当面は展示を続けますので、是非、長野合同庁舎1階窓口にお越しください。

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