2015.09.12 [ 歴史・祭・暮らし ]
竹細工の箍(たが)に 【井月さんのこころ131】
2015.04.18 雲水の如くに【井月さんのこころ110】
2015.05.23 神仏分離令に 【井月さんのこころ115】
井月さんと同じ長岡出身の内田義雄先生による井上井月の青年時代を推定されたお話しも大変参考になりました。幕末に京都詰めであった長岡藩家老・稲垣平膳に徒士として同行して天保年間には江戸や京都に学んだのであろう井月さん。藩内の勤皇・佐幕の対立と稲垣平膳の謎の死などの渦中に井月さんがいて、長岡を離れて風狂に流離うことになったのではないかという推測は、説得力があると思います。
ちなみに長岡藩は、藩主・忠恭公が文久2年に京都所司代に、文久3年(1863年、河井継之助37歳、井月さん42歳)には老中に就任することになり、慶応4年(1868年)戊辰戦争が始まると藩主・忠訓公のもとで河井継之助も北越戦争を戦わざるを得なくなります。文久3年は、井月さんが『越後獅子』を刊行した年で、この頃にはまだ長岡にも帰郷していたようです。
伊藤伊那男先生による養蚕・製糸業に係る井月句の読み解きでは、「神の虫」一字で「蚕」を表す字が「新在家文字」であるとの解説も納得しました。
新在家とは、連歌師などが多く住んでいた京都の地名で、新在家文字というのは、連歌に多く用いられる特殊な文字で「迚(とて)」「社(こそ)」「梔(もみじ)」などがあります。
そして、遡回その15に登場した「繭白し不破の関屋の玉霰 井月」の類句である「繭の出来不破の関屋の霰かな 井月」の句が、北信濃地方で発見された句であり、この句に付されている詞書「柏屋の蚕(神の虫)大当りを寿て」が長岡藩主・牧野家の三ツ柏紋につながることから、牧野家の養蚕を称えた句であろうとする解説も「なるほど」と思いました。
2013.06.29 蚕が糸を吐くように【井月さんのこころ15】
竹入弘元先生による「柳の家宿願稿」(明治9年、井月さん55歳)の解読では、最終段落に「道すがらの俳戦には、よき宗匠と取組て」などと、俳諧で身を立てようと前向きな井月さんの本音が書かれていることが紹介されました。
特に、今回のシンポジウムのテーマに関して注目すべきは、3段落目でしょうか。
さきの年 己れ送籍取に遙々と、思い立しも……(中略)……中村亭に於て、餞別書画の大一座……(中略)……。席上の酔客揮毫に果なく、三陽詩仏を真似るあれば、文晁蕪村を画くもあり、国学未熟の木の葉天狗は、平田が自慢を鼻にかけ、狂哥者流の可笑みには……(後略)。
中村亭に於いて井月さんを長岡へ戸籍を取りに帰すために開催された送別の宴については、遡回その3に登場しました。
この段落に登場する「三陽詩仏」は、おそらく「頼山陽」と「大窪詩佛」のことで、いずれも漢詩の大家ですね。頼山陽は、「日本外史」の著者で幕末の尊王攘夷運動に大きな影響を与えました。漢詩人で書家で画家でもあった大窪詩佛(天民)は、遡回その125に登場しました。文晁は文人画の「谷文晁」、蕪村は俳諧師「与謝蕪村」などという、井月さんより一昔時代を遡る、文化・文政期の著名人たちが当時の流行だったのでしょう。
一方で、井月さんが「国学未熟の木の葉天狗」と揶揄している輩(やから)は、「平田が自慢を鼻にかけた」人物たち、すなわち当時の伊那谷で一世を風靡した「平田派国学」を自慢する輩たちのことのようです。
この表現に廃仏毀釈を煽っている平田派国学者から距離を置いて、彼らを批判的に観ている井月さんの「仏に親しい尊王の心」が表われているように思われます。
そして、やがて「復古」の夢が破れて、藤村の父・島崎正樹(「夜明け前」主人公・青山半蔵)や井月さんに共通する苦悩につながったのであろうと思われます。
そのことは、2013.12.28 餅搗く頃【井月さんのこころ41】に以下のように記しました。
晩年に井月さんを襲った現実も明治維新の時代の背景にあった「夜明け前」の悲劇だったのではなかろうかと思われます。
青山半蔵が育んできた国学思想は維新には全く役立ちませんでした。
井上井月が焦がれた芭蕉翁の風狂は維新の波に埋もれてしまいました。
心中に抱え込んだ悲しみや苦しみは、青山半蔵にも井月さんにも共通するものであったのではないかと思えるのです。前者は発狂して獄死し、後者は失意の中で行き倒れます。
しかし、そうした生き方の根底にあるものは、下島空谷さんが「井月全集」の巻頭に記した一節にある「東洋思想のどん底に閃めく青白い永遠の光を感じないではゐられません。」という言葉そのとおりなのだと思います。
西洋文明が急速に入ってきて「文明開化」「脱亜入欧」した明治という時代にあって、「復古」の大和魂の輝きを磨こうと必死にもがいた「夜明け前」の群像の存在を我々は忘れてはならないのではないでしょうか。
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