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子どもたちはすごい!「五郎兵衛用水見学会」で学んだこと。

「五郎兵衛用水見学会」が9月28日に開催され、浅科小学校4年生の皆さんが、地域の偉人「市川五郎兵衛真親(いちかわごろべえさねちか)」の軌跡をたどりました。

 

 

 

 

一行はまず、学校近くを流れる「築堰(つきせぎ)」と呼ばれる水路を見学し、五郎兵衛さんの水を遠くまで運ぶ工夫と苦労の一端を学んだあと、場所を五郎兵衛記念館に移し、五郎兵衛さんの偉業の全容を五郎兵衛用水土地改良区の理事長さんに熱く語っていただきました。

五郎兵衛さんの人柄の根底にある天台宗の教え「忘己利他(もうこりた)」の精神、己を忘れ他人の利のために生きることを実践したという話にみんな感銘を受けていました。
このほか記念館では、用水の源にある水源かん養林の機能と用水路の特徴のひとつである「サイホン管」の仕組みについて、佐久地域振興局農地整備課の担当者が模型や実験を織り交ぜて紹介しました。
雨水が一番しみこむのは、「はげ山」、「草地」、「森林」、さあ、どれでしょう?子どもたちは真剣に考えて、答えてくれていました。


次は、いよいよ蓼科山 山頂近くにある水源「五斗水」へ移動。五郎兵衛さんは、こんなに遠く離れた場所まで水源を探しに来たんだね。「ごとごと」と音を立てて湧き出るから「五斗水(ごとみず)」と名付けられたんだって。実際に、こんこんと湧き出る水源を見学した子どもたち、きれいで冷たい水をペットボトルに詰めてお土産。本当に冷たくておいしかったね。


女神湖での昼食をはさんで、川から用水を引き入れる施設「頭首工(とうしゅこう)」の見学をしました。また、ここでは用水に含まれた土砂を「沈砂池(ちんさち)」という池に貯めて、「泥吐管(どろばきかん)」から吐き出すといった日常管理の実演や、江戸時代に開削され、今は使われていない「隧道(ずいどう)」の中を探検隊気分で潜入!


お次は、模型で実験したサイホン管の入り口に当たる布施分水を見学。ここでは、苦労して引いてきた水を御牧ケ原台地へも分けてあげてるんだね。これも「忘己利他(もうこりた)」の精神だね。


最後は、「大土手」を見学。当時の水路は、等高線沿いに山腹を縫うように造られています。今は使われていませんが、その水路型は長野県の史跡に指定され残されています。

「五郎兵衛用水見学会」の学習発表会が10月20日に開催されました。

子どもたちは、紙芝居や人形劇、自ら制作した模型、新聞などで、市川五郎兵衛の偉業を発表してくれました。

【紙芝居のストーリー】
一人の娘(名前:いなほ)が泣いていました。そこへ市川五郎兵衛が現れ「どうして泣いているのか。」と尋ねると、娘は「お父さんとお母さんが死んでしまったからです。」あまりにもかわいそうに思った五郎兵衛は、娘の願いをかなえてあげようと願いを聞くと「親に会いたい」と娘が言いました。「それはできない。」と五郎兵衛が言うと「それでは、浅間山と同じ大きさの握り飯がほしい。」と娘、「その願いをかなえてあげよう。」と五郎兵衛。それから新田開発が始まりました。
徳川家康の許可をもらい、金の採掘の技術を活かした洞窟(トンネル)などの水路の建設、時には私財をなげうって苦労の末、新田は完成しました。そして約束どおり娘に握り飯を渡すことができました。

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