是より木曽路 遥か彼方の京や江戸を思い、人々が往来した木曽路。 歴史と文化に彩られ、自然豊かな木曽地域の魅力を、当地勤務の県職員が四季折々に発信していきます。 あなたも、木曽に寄っていきませんか?

是より木曽路

遥か彼方の京や江戸を思い、人々が往来した木曽路。 歴史と文化に彩られ、自然豊かな木曽地域の魅力を、当地勤務の県職員が四季折々に発信していきます。 あなたも、木曽に寄っていきませんか?

菅橋~木曽の近代化遺産~

木祖村の旧・菅橋(すげばし)は、昭和8年に木曽で初めて作られた鉄筋コンクリート橋です。

住宅地図を調べましたが、菅橋の名前が載っていません。
道の駅「木曽川源流の里きそむら」の「げんき屋」で仕入れた地元情報を頼りに行ってみました。

菅橋からの進入路は、道幅も狭く舗装もされていないがたぼこ道、「本当にこの道を行けばよいのか?」と不安になりました。しかし、木曽川の護岸工事をしているその先に、古いコンクリートの小さな橋はありました。

アールデコ調の大きな親柱、モダンなアーチ状の上路橋、小さいけれども80年の歴史と風格を感じさせるたたずまいをその橋は醸し出していました。


建設当時は、世界大恐慌後の不況の真っただ中にありました。

菅には「菅の目医者」と慕われた野中眼科医院、「虫封じ」で知られた奥原内科医院の2人の名医がいて、郡内はもとより県外からも患者が訪れ、薮原駅から4kmの道を通い、患者のための宿もあり、菅集落は大いに賑わっていたそうです。

また昭和8年には、やぶはら高原スキー場も開業し、地域は観光振興にも力を入れていました。そのような状況下で、地元関係者は資金を出し合い、当時の最先端技術を駆使した旧菅橋を造りました。

昭和40年の国道19号の改良で、新しい橋、現在の「鷲鳥橋」ができ、旧菅橋はその役割を終えましたが、現在も壊されずに残っています。
昨年、その歴史的価値があらためて評価され土木学会選奨土木遺産に認定されました。

その歴史、背景を知ったうえであらためて旧菅橋を眺めてみると、苔生し壊れかけているものの、菅の繁栄を支えてきた重みと当時の最先端技術と美観を兼ね備えた風格を感じます。
現在、旧菅橋は老朽化のため通行はできません。木祖村は今後調査を行い、保存するかどうかを検討するとしています。

こうした歴史的遺産を見つけ拾い出し、ブラッシュアップすることが地域資源、観光資源を作り出していくフィールドワークなのだとあらためて感じたところです。

【旧菅橋の場所です】

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