い~な 上伊那 2つのアルプスと天竜川からなる伊那谷の北部に位置し、雄大な自然に囲まれた上伊那地域。 この地域の自然、食、歴史や地域のがんばる人々など、私たち職員が見つけ、感じた上伊那の魅力と地域の活力を発信します。

い~な 上伊那

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晩秋の風と残菊に 【井月さんのこころ86】

 旧暦10月12日は、芭蕉翁の命日(翁の日)、時雨忌です。

翁の日、時雨忌については 2013年11月16日 翁の日に【井月さんのこころ35】

https://blog.nagano-ken.jp/kamiina/life/180.html

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 さて、菊は盛りを過ぎてもなお、霜の中で咲き続け、香っています。この様子を井月さんが詠んでいます。好きな句のひとつです。

  香に誇る私はなし残り菊  井月

 菊に入れ込むと菊に纏わる古今の様々な事象が気になり、少しく調べて集めてみることにしました。

 先ずは、和漢朗詠集には、次のように詠われています。

  燕知社日辞巣去 菊為重陽冒雨開 (秋日東郊作 皇甫冉

 燕は社日(しゃじつ)を知りて巣を辞し去る、菊は重陽のために雨を冒して開く。

  (皇甫冉 こうほぜん(716~769年)、中国唐代の詩人)

  霜蓬老鬢三分白 露菊新花一半黄 (九月八日酬皇甫十見贈 白居易

 霜蓬(そうほう)の老鬢(ろうびん)は三分(さんぶん)白し、露菊(ろきく)の新花は一半(いつぱん)黄なり。

  (白居易 はくきょい(772~846年)、中国唐代の詩人)

 先ほどの芭蕉翁の『芭蕉を移す詞』にも登場した「菊は東雛に栄え」の原典は、

  采菊東籬下 悠然見南山 菊は東雛の下にとり、悠然として南山を見る。 陶淵明

 また、江戸後期の俳諧歳時記である『改正月令博物筌(かいせいげつれいはくぶつせん)』(鳥飼洞斎撰)の十月部 時令草木「残菊」には次のように書かれています。

 九月咲残りたる菊なり

  歌 夫木 貫之

  秋さける菊にはあれど神無月しぐれる花の色は染ける  紀貫之

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 「残菊」は重陽の節句(陰暦九月九日)を過ぎた菊を云い、和歌によく詠まれた萎れ始めた頃の菊。花びらを紅もしくは紫へと変えてゆく白菊の花のことです。純白の菊を愛した雅人は、盛りを過ぎて色を変えた花をも賞美して歌に詠んだのです。

 

 

 同じく『改正月令博物筌(かいせいげつれいはくぶつせん)』九月部 時令「菊」には次のように書かれています。

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