松本市の波田(旧波田町)の山中に、明治維新の廃仏毀釈で廃寺となった若澤寺の跡が残されています。
かつて江戸時代の最盛期には信濃日光とも謳われ、かの十返舎一九も逗留したと伝えられる大変にぎわった寺院であったようですが、廃寺となって以来一転して鬱蒼と茂る森林の中に静かに眠る遺跡となっています。
遺跡好きなこともあり、今日はそこをめざしてハイキングです。
松本市波田の田村堂からスタートします。(田村堂の前には駐車場があります。電車の最寄り駅は上高地線の渕東駅です。)
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山門の仁王尊は4月に股くぐり祭りがあります
田村堂はこれから向かう若澤寺にあったと伝えられています。
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この御堂の中に田村堂の厨子が納められています
田村堂からは、左手(南)の山に向かって歩きましょう。山に着いたら山中への入り口で右の林道に入ります。標識もあるので大丈夫です。
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黄色の線が歩く経路です
途中からかつての参道に合流し、丁石と呼ばれる石が現れます。
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それぞれの石に祈願の意味があったそうです
1キロ少々登るとようやく到着です。「東の牛伏寺、西の若澤寺」と呼ばれて尊崇を集めたそうですが、登るキツさも同等でした
しかし、山中に突然広がる石垣を含めた儚い跡地は、遺跡好きな人にはたまらない景色です
往時を偲ばせる構造物の跡に加えて、どのような建物があったのか案内板もあちこちにあり、時間があっという間に過ぎてしまいます。
帰ろうとしたら蛇が送ってくれました。水沢山の竜神さまの使いだったのかな?
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