2021.08.18　［その他歴史・祭り・ひと］

お客様の口に入るものを作るということ（御嶽はくさい生産者　征矢野泰久さん）

こんなに面白い仕事は他にない—。

征矢野泰久さん。繁忙期真っ只中にも関わらず二つ返事で取材に応じていただきました。

白菜といえば、冬の食材であるとイメージする方が多いのではないでしょうか。今回は木曽町・木祖村で生産されている夏白菜「御嶽はくさい」の生産者である征矢野泰久（そやのやすひさ）さんにお話を伺いました。

文字通り畑違いの職種から就農を決意、今年晴れて生産者として独り立ちした征矢野さん。そんな彼の、これまでの歩みや農業に対する想いに迫ります。

栽培しているものは御嶽はくさいを中心にさつまいもなど。この二つ、実は繁忙期が重なっており、負担の大きい組み合わせです。

御嶽はくさい。愛情をたっぷり注がれて元気いっぱいに育っています。

どうしてわざわざさつまいもを？と聞いてみたところ「近くの道の駅から、干し芋用のさつまいもがほしいと頼まれて作ることに決めた」とのこと。地域に貢献したい気持ちも強く、自分に作れるものならばと引き受けました。

そんな征矢野さんが農業を始めたのは昨年のこと。長野県の新規就農里親制度（ベテラン生産者のもとで技術の習得や就農後の農地確保支援等が受けられる制度）を利用し、里親さんのもとでみっちりと知識や技術を習得し、今年になって満を持して独り立ちしました。

新しいことを始めようとすると苦労は尽きないもの。一番苦労していることといえば、農業が天気との戦いであること。

雨が降ってほしい期間に降らず、晴れが続いてほしい期間に長雨が続けば、品質に大きく影響します。今年の気候も望んだとおりにはいかず、途中で廃棄するしかなくなってしまったものが多く出てしまいました。

就農のきっかけは、学生時代に農業の手伝いをした経験がずっと心に残っていたこと。

もう一つ、お世話になった里親さんから「一緒に農業やろうよ」と声をかけてもらえたことが背中を押しました。

もともと保険会社の決算部門で働いていましたが、ことあるごとに畑の景色が頭をよぎり、退職と就農を決意しました。もちろん不安がなかったわけではありません。独り立ちした今も、それは変わりません。

そんな征矢野さんを支えてくれるのは、上述の農業をお手伝いさせてもらった先のご夫婦です。

困ったことや、自分ではどうしようもない悩みごとがあった時に、ご夫婦のもとを訪ねます。どれだけ忙しくても、きちんと丁寧に教えてくれる。こんなに心強いことはありません。

定期的に征矢野さんの畑も見に来てくれています。

御嶽はくさいがずらりと並ぶこの風景。夕焼けに来たらまた違った表情を見せてくれそうです。

そんな頼れる先輩からかけてもらった言葉の中で、ひときわ自分の中で強く残っているものがあります。

それはお手伝いをしていたころ、無意識にではありましたが、収穫した白菜を少し雑に扱ってしまったことがありました。

それを見ていたご主人がひと言「白菜を粗末に扱ってはいけない、お客様の口に入るものだからな」

はっとしました。

食べ物を作っているのだからそんなことは当たり前。

それでも、これから自分の知らない誰かの口に入るであろうその白菜を

無下に扱ってしまったことを悔やみました。

それからというもの、「お客様の口に入るもの」という言葉を忘れたことはありません。

独り立ちして初めて自分が作った白菜をお祖母さんに届けにいった際の、笑顔が頭に浮かびます。

自分が作ったもので、誰かを笑顔に、ほんの少しだけ幸せに。

農業は、そんな経験ができる仕事です。

農業をやってみたい人に伝えたいことを聞いてみました。

取材中一番熱が入った瞬間。

「とにかくやりがいに満ちていること。目標を決めるのは自分。裁量も責任もすべて自分にある。そうするとアイデアもどんどんわいてくる。こんなに面白い仕事は他にないよ。」

早朝から収穫をした後、集荷施設へ。１箱15kgもあるのに息も切らさず軽々運びます。

すべて運び終えました。整然と積み上げられたところがパズルのようです。

御嶽はくさいのおすすめの食べ方についても聞いてみたところ、収穫したてをちぎって生で食べるに限るとのこと。少し塩を振ると、みずみずしさと白菜自体がもつ甘みが塩で際立ち、格別。こんな贅沢ができるのも、農家の特権であると征矢野さん。

朝採れたばかりの御嶽はくさい。みずみずしさが写真からでも伝わります。

余談ですが鍋のイメージの強い白菜、実はサラダにしても美味しくいただけます。筆者はよく、細かくきざんでコールスローにしたり、ざく切りで塩だれやツナなどと和えて食べます。また、細かくきざんで塩もみをし、キャベツの代わりに餃子のタネとして入れる方も多いです。こちら、大変ジューシーでおすすめです。お試しあれ。

最後に「あなたのおすすめの木曽」について征矢野さんに聞いてみたところ、

釣りが好きだから木曽川。アマゴなどきれいな魚が多く、大きいものも結構釣れるからおすすめとのこと。

釣りに仕事に大忙し。そんな期待の新人に、今後も目が離せません。