2015.02.07 [ 歴史・祭・暮らし ]
春待つ心に 【井月さんのこころ100】
漂泊の寒い晩に酒で暖を採る井月さんは、次のように詠んでいます。
酒といふ延齢丹や冬籠り 井月
前出の『旅行用心集』(八隅蘆庵著)には、道中所持すべき「品の事」の前に「薬の事」が次のように書かれています。延齢丹が3番目にでてきます。
道中所持すべき薬の事
- 一 熊膽 奇應丸 返魂丹 已上三方は積又は腹痛食傷霍乱によし
- 此外はらあひの薬いろいろあれども此三方にてたるべし
- 一 五苓散 胡椒 水かわり又は夏人々かわきて水をのむに用ひてよし
- 一 延齢丹 蘇香圓 気付によし
- 一 三黄湯
- 是は道中には人々のぼせるものゆへ 大便けつしやすし 其節ふり出し用ゆべし
- 一 切もぐさ しめらぬやうにして貯ふべし
- 一 備急圓 大食傷にて吐(はき)も瀉(くだ)しもせざる時に用ゆる為なり
- 然ども大方は先ヅ熊のゐ 奇應丸返魂丹にて吐瀉あるもの也
- 一 油薬 白龍膏 梅花香
- 此外近頃流布する朝川の桂花香などよし 切疵腫物毒虫のさしたるによし
- 右の外は 面々のあひ薬有ものなれば 勝手次第たるべし
- 又道中にては薬種屋にて調ふれば大概急用はたるべし
このように、延齢丹も気付け薬として旅行の必需品に挙げられていますが、酒好きの井月さんにとっては、燗酒が冬籠りの気付け薬であったようです。
ところで、再び芭蕉翁の紙衾の話に戻ります。こちらは有名なお話しです。
『紙衾の記』(元禄2(1689)年9月)
古き枕、古き衾は、貴妃が形見より伝へて、恋といひ、哀傷とす。錦床の夜の褥の上には、鴛鴦をぬひものにして、二つの翼にのちの世をかこつ。かれはその膚に近く、そのにほひ残りとどまれらんをや、恋の逸物とせん、むべなりけらし。いでや、この紙の衾は、恋にもあらず、無常にもあらず。蜑の苫屋の蚤をいとひ、駅の埴生のいぶせさを思ひて、出羽の国最上といふ所にて、ある人の作り得させたるなり。越路の浦々、山館・野亭の枕の上には、二千里の外の月をやどし、蓬・葎の敷寝の下には、霜に狭筵のきりぎりすを聞きて、昼はたたみて背中に負ひ、三百余里の険難をわたり、つひに頭を白くして、美濃の国大垣の府に至る。なほも心の侘びを継ぎて、貧者の情を破ることなかれと、これを慕ふ者にうち呉れぬ。
奥の細道の旅を終えた芭蕉翁が大垣の門人如行宅に長旅の草鞋を脱いだとき、如行の門人である竹戸が毎晩のように肩や腰を按摩してくれたとのこと。竹戸の献身的な按摩に慰められた芭蕉翁は、奥州最上で贈られて、奥の細道で愛用してきた紙衾を特別に竹戸に与えました。その際に記した一文がこの『紙衾の記』なのです。
これには、続きがあります。
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