2015.05.20 [ 自然・観光地 ]
白巖(はくがん)の石碑
寺社や公園に石碑が立っているのを目にしたことがあるでしょうか。なんだか難しいことが彫ってあるので鬱陶しいと素通りされているのではないかと思います。でも、少し興味を持って見ると知られざる歴史や人物が浮かび上がって面白いですよ。
深志神社にもいろいろな碑がありますが、本殿の裏にある秋山白巖(あきやま はくがん)という書家が書いた「教育勅語碑」は圧巻です。白巖は幕末の生まれで、明治の半ばに清に渡り、徐三庚(じょさんこう)という著名な書家に師事し、帰国後その書法を伝え、明治の書道界に大きな影響を与えました。後半生は中央書壇を離れて松本で暮らし、松本、安曇野の各地に様々な作品を残しました。
実は、かくいう私も昨年松本市美術館で「生誕150年記念 秋山白巖展」を観るまでは松本にこのような傑出した書家がいたことを知りませんでした。
教育勅語というと今日では忌まわしい歴史を思い浮かべられるかもしれませんが、白巖はこの碑を建立することに執念を燃やし、北海道などの神社の大のぼりを数多く揮毫して資金を捻出しました。そして昭和10年、「教育勅語碑」が建てられたのです。白巖が心血を注いだ悠然たる書です。
深志神社の東、松本芸術館の裏手(旧深志公園)に白巖揮毫の「堅石由十君之碑」あります。堅石由十(かたいし よしじゅう)という人は今ではほとんど知られていませんが、明治時代、松本市消防第三部長や県議会議員を務めました。堅石由十の徳を讃え、大正7年に建立された碑で端麗な書風です。
お近くの史跡や公園を散策した折に石碑を見上げてみてください。どのような時代にどのような人々がいかなる思いで建立したか少しわかるような気がしますよ。
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