2016.06.22 [ その他 ]
中山道中間点
農地整備課のT,S@木曽一年生です。
朝練サイクルの道すがら、木曽町日義にてこんなものが目にとまりました。
なにせ宿舎から職場の木曽合同庁舎まではゆっくり歩いて10分もかかりませんので、運動不足解消のために早朝に普段は自転車で、天候や路面の悪い時はウォーキングで木曽路をうろついて(訂正:散策して)おります。
(写真1)江戸へ六十七里二十八町=約266Km
(写真2)京へ六十七里二十八町=約266Km、ということは・・
東海道五十三次と中山道六十九次は、江戸時代京と江戸を結ぶ大動脈であった訳ですが、大井川のような大きな川越しがなく、険しい峠道が一部にあるものの、途中に嫁入りに関して縁起の良い地名が多いため「姫街道」とも呼ばれ、皇女和宮の嫁入り道中も中山道を利用しています。
この場所まで来た旅人は「もう半分来たのか」と思ったのでしょうか、それとも「あと半分もあるのか」と思ったのでしょうか。
ふと思ったのは江戸と京の中間点ということは、木曽路は東西文化の融合点であり、当然京の情報は江戸より早く、江戸の情報は京より早く入った訳です。
そう考えると木曽の地が昔から文化の先進地であったということも納得できますね。
(写真5)お隣の宮越(みやのこし)宿にもちゃんと本陣がありました。
(写真6)ちなみにの宮越宿から江戸までは六十六里三十五町=約263Kmでした。
事務所の所長からは「木曽に勤務する者、木曽のプロフェッショナルになれ!」とのお達しをいただいております。私も木曽プロを目指し「よそ者」が「木曽者」になれるよう、更に見聞を深めたいと思います。
ということで、早朝にあちこち出没しても決して怪しい者ではありませんので・・・
※東海道五十三次の中間点は掛川宿と袋井宿の間にある「仲道寺」だそうです。
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