じょうしょう気流 「上小(じょうしょう)地域」と聞いて、みなさんは長野県のどの地域を思い浮かべますか?「上小地域」は、上田市、東御市、小県郡長和町、青木村の2市1町1村からなり、群馬県の西側に接する地域です。「上小」には自然、歴史、文化、おいしい農産物など、さまざまな魅力がありますが、それらを上田合同庁舎の職員の目で見て綴り、皆さんにご紹介してまいります。

じょうしょう気流

「上小(じょうしょう)地域」と聞いて、みなさんは長野県のどの地域を思い浮かべますか?「上小地域」は、上田市、東御市、小県郡長和町、青木村の2市1町1村からなり、群馬県の西側に接する地域です。「上小」には自然、歴史、文化、おいしい農産物など、さまざまな魅力がありますが、それらを上田合同庁舎の職員の目で見て綴り、皆さんにご紹介してまいります。

甘酒にお餅をいれる・・・?

総務管理課鰯です。

愛知県出身の方と甘酒の話をしていたら、
その方の家では甘酒に御餅を入れ御餅が柔らかくなるまでぐつぐつ煮込むそうです。
私は甘酒は単品で飲み、御餅は焼いてから食べるかお雑煮、お汁粉に入れることが普通と思っていました。

どんな味なのか、どんなものなのか興味本位から早速寒い休日に試してみることにしました。
半信半疑で御餅一切れが隠れるまで甘酒を入れ、煮込むこと数分。
御餅は柔らかく甘さが強くなり、白いお汁粉を飲んでいるようでした。
後から思ったのは生姜を一緒に入れて見たらどうだったのかな?

インターネットで調べてみると、甘酒に御餅を入れた商品が販売されています。
また甘酒を使ったレシピが数多く紹介されていることにびっくりしました。

甘酒はいつからあったのか興味が出てきました。甘酒がいったいいつの時代から存在しているのかご存じでしょうか?
実は、たいへん古くから日本の文化に深く関わっている、歴史のある飲み物なのです。
「あまざけ」と読む文字は、私たちになじみ深い「甘酒」だけではなく、
江戸時代には「醴」や「醴酒」と表記されており、さまざまな文献に登場します。
「甘酒」という表記は、江戸時代直前に出てくる比較的新しいものなのです。
では、その甘酒のルーツともいえる醴や醴酒はいつの時代から見られ、どのようなものだったのでしょうか?

醴や醴酒は、平安時代以前の古い時代の書物に初めて現れます。
それが、日本最古の歴史書として名高い、奈良時代の720年に登場した「日本書紀」です。
この書は、日本の神々の物語や、神々が天皇家へとつながる系譜など、日本創世の時代からその当時までの話が書かれているのですが、その中に、「289年頃、吉野の民である国栖人(くずびと)が、応神天皇に醴酒を捧げて国栖奏を奏で、酒宴を行った」(※1)とあります。

※1 この国栖奏の儀式は、現在も奈良県の吉野町にある浄御原神社の祭りとして大事に受け継がれている。
応神天皇が飲んだ醴酒とは、実際どんな酒だったのでしょうか?この酒の詳しい配合は、平安時代の967年に登場した「延喜式」(※2)に、醴酒とは「米と麹と酒を用いた酒」とあります。また、近い時代の文献から、その呼び名は「こさけ」といい、一夜でできる一夜酒、そして甜酒(たむさけ=甘い酒)であることが書かれています。

※2 延喜式…律令(現代でいう法律)の施行細則をまとめた格式。
この醴酒は、宮中に納める高級酒である「御酒槽(ごしゅそう)」のひとつで、作られていた時期は旧暦6月から7月末、現在の6月下旬から9月上旬の夏季。つまり、宮中では一夜でできる甘い酒を、夏に楽しんでいたそうです。また、一夜酒である醴酒を夏に作って飲む習慣は、室町時代の「公事根源」(※3)(1422年)にも登場します。つまり、古代から中世まで朝廷のあった関西では、醴酒は夏の飲み物として親しまれていたようです。

※3 公事根源…一条兼良著。宮中の年間行事や起源、沿革をまとめた書。

もうひとつの甘酒のルーツ「天甜酒」

奈良時代の歴史書「日本書紀」には、応神天皇に献上された醴酒以外も甘酒のルーツといわれる飲み物が登場します。
それが、女神である木花咲耶姫(このはなのさくやびめ)が醸した「天甜酒(あまのたむさけ)」です。

木花咲耶姫は、天照大神の孫である瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)と結婚し、一夜で子を成した女神様。
咲耶姫は子供が無事に産まれた感謝を示すため、天甜酒を醸して祭りをしたことが書かれています。
その名のとおり、天甜酒とは神様が作った甘い酒(※4)だったのでしょうか。
※4 甜酒の「甜」とは、「おいしい」という意味もあるという。

この天甜酒に関する解釈は、江戸時代の文献に散見されます。
木花咲耶姫の名にある「木花」が「梅の花」を指す言葉であること、
そして木花咲耶姫が一夜で身籠もって子を成したという神話から、
江戸の町では梅鉢の看板を甘酒屋の印として一夜酒(甘酒)が売られていたようです。

酒粕で作られる甘酒のルーツとは?

ここまでは、おもに麹で作られる甘酒のルーツを紹介しましたが、
最後に酒粕で作られる甘酒のルーツだと思われる物についても見ていきましょう。

奈良時代に編纂された日本最古の和歌集「万葉集」に収められている、山上憶良が当時の人々の暮らしを歌った「貧窮問答歌(びんぐうもんどうか)」に登場する「粕湯酒」。
その歌の冒頭に、「風が吹いて雨の降る夜、雨に混じって雪の降る夜は、どうしようもなく寒いので、
鼻を啜り、咳払いしながら、塩を舐めて粕湯酒(かすゆざけ)を飲んだ」ということが書かれていました。

粕湯酒とは、酒をしぼった残り粕である酒粕をお湯に溶いて飲む酒で、下級役人や市民が飲んでいた物。
当時の酒は甘いものが多かったので、もしかしたら塩を舐めることで甘味を引き立たせ、
ほんのりと甘い味と酒気を楽しむものだったのかもしれません。

古代から絶えることなく引き継がれてきた甘酒

古代から中世に現れる、甘酒のルーツと考えられるこれらの酒の味は、
実際に今の甘酒とどれくらい違うものなのか――今や、それを知ることはできません。
しかし、どのように作られていたのか、どのような味であったのか、どの時期に飲まれていたのかを知り、さらには古代から絶えることなく引き継がれていたことを踏まえると、おいしい飲み物であったことは確かでしょう。

このように、古代から中世に受け継がれてきた甘い飲み物は、江戸時代に幅広く世に広まっていきます。

ちなみに、甘酒を作るという六郎さんはいつもこちらで糀を買うそうです。

🍎 🌾上田市国分〖山辺糀店〗の糀で甘酒を作ります

甘酒の歴史・読み物

甘酒祭りレポートVol.10
和歌山県加太淡嶋神社の甘酒祭

甘酒祭りレポートVol.9
西粂原鷲宮神社 甘酒祭

甘酒祭りレポートVol.8
渡名喜島 シマノーシ

甘酒のお祭り

菟足(ウタリ)神社 風まつり

津島神社 一夜酒醸造

猪鼻熊野神社 甘酒まつり
マルコメ株式会社ホームページ引用

麹、酒粕から作る甘酒は知っていましたが、御餅から甘酒が作れるとは知りませんでした。
日本各地に甘酒祭りもあります。世界にも甘酒があります。

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