楽園信州

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<VOL.193>四季彩だより~信濃の国から~

「海野宿」 ~江戸時代の佇(たたず)まい そのままに~(東御市)

立秋も過ぎ、お盆も終わり、暦の上では秋だというのに、まだまだ暑い日が続いています。今回は、そんな暑さの中、訪れる人々を江戸時代の佇まいへといざなう宿場町の紹介です。


長野県の東部に位置する東御市は、平成16年に小県郡東部町(ちいさがたぐんとうぶまち)と北佐久郡北御牧村(きたさくぐんきたみまきむら)が合併してできた長野県では2番目に新しい市で、北に烏帽子、浅間連山を背にし、南に蓼科山(たてしな)を望む台地が広がる、千曲川と鹿曲川(かくまがわ)の清流とが織りなす豊かな風土と歴史に恵まれています。

東御市に江戸時代の宿場町であった「海野宿」(うんのじゅく)が今も往時の佇まいそのままに地元の人々の生活とともに息づいています。
海野宿は、寛永2(1625)年に北国街道の宿駅として開設されました。

この北国街道は、中山道と北陸道を結ぶ重要な街道で、佐渡金山で採掘された金の輸送、北陸諸大名の参勤交代のほか、江戸との交通も頻繁で、善光寺への参拝客も多く通行しました。

伝馬屋敷59軒、旅籠23軒が建ち並び、大変な賑わいを呈していたそうです。
明治期になると宿場の機能は失われましたが、残った旅籠の広い部屋を利用しての養蚕・蚕種業が隆盛しました。


(白壁のうだつが両脇に突き出た家屋)

現在の海野宿の町並みは、江戸時代の旅籠屋造りや茅葺き屋根の建物と明治以降の堅牢な蚕室造りの建物とがよく調和し、伝統的な家並みを形成しています。

中央を流れる用水の両側に立ち並ぶ格子戸(特に「海野格子」とよばれる。)、防火壁の役割を果たす「うだつ」が付けられた美しい家並みは訪れる人々の心を静かに包んでくれます。

財力や格式を示す意味もあることから「うだつがあがる、あがらぬ」という言葉の語源にもなっています。

海野宿入口に鎮座する白鳥神社は、中世の豪族、海野氏、真田氏の氏神として祀られた由緒ある神社です。

戦国ブームで真田一族が大人気ですが、その正統な氏神(守護神)としての歴史を持つ神社こそがこの白鳥神社です。(松代へも分社されました)
真田ファン崇敬のパワースポットでもあるのです。また、神社南側に流れる千曲川は、800年前の木曾義仲挙兵の地、白鳥河原です。


(御朱印が歴史好きに秘かな人気)

毎年11月23日には「海野宿ふれあい祭り」が開催され、多くの観光客が訪れます。
昭和62(1987)年には、その伝統的な美しい町並みが保存されていることから、国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されました。


(晩秋の歳時記: 海野宿ふれあい祭り)

NHK番組「美の壺」にも紹介され、四季折々の風情にあわせたいろいろな顔をのぞかせてくれる海野宿!
みなさんも一度足を運んでみてはいかがですか!? 

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