楽園信州

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<VOL.213>I♥信州(あいラブしんしゅう)

I♥信州(あいラブしんしゅう)
“歩いて感じる信州でのスローライフ”(1)
信州の若者に伝える思い

「I♥信州」は、長野県外から信州へ移住された方に、移住のきっかけや信州での暮らしの様子をお伺いし、長野県の魅力をさらに伝えていこうというコーナーです。

第7回目のI♥信州は、2012年に神奈川県横浜市より佐久市に移住された、古澤守さん・千絵さんご夫妻にお話をお聞きしました。


古澤さんご夫妻(ご自宅の前で)

守さんは、横浜市で建築設計のお仕事をされていました。
また、横浜で発足したシニアクラブ「横濱倶楽部」、「信州横濱倶楽部」の代表世話人として、長野県と横浜との交流を深める活動に取り組んでいます。

古澤さんご夫妻が信州へ移住するまでの経緯などのお話を佐久市のご自宅でお聞きしました。


■洋風建築が盛んな横浜から信州へ

古澤さんは東京都のご出身。学生時代から、活気があり、様々な文化・物が交流する横浜に憧れて、居を移して以来、建築設計のお仕事を約50年間されていました。
商業建築設計を主として、横浜市内に約7,000件もの設計に携わり、横浜市に点在する各鉄道の駅前には古澤さんの設計した店舗が必ず数店舗あるそうです。
今でも月一回程度、携わった建築物件を視察し、見守っておられます。

諸外国の文化が息づく横浜は洋風建築が盛んな土地。古澤さんは自身でデザインした洋風建築設計でもステンドグラスを加えたり、外国の文化を日本式にアレンジし、暖かみのあるやさしいデザインを心がけていました。
また、当時の横浜は若者文化に影響を及ぼした米国の横須賀基地が近く、外国人や時代の先端をいく著名人などが数多く訪れ、日本の若者文化を全国に発信していました。
その中で古澤さんは日本初の「ディスコ」の設計を手がけた経験をお持ちです。

奥様の千絵さんは、飲食店を経営し、昼間は喫茶店・夜はワインなどのお酒を取り扱うなど、オーナーとしてお店を切り盛りしていました。

後に、お好み焼き店に姿を変えましたが、訪れるお客様との出会いを楽しみながら、お仕事に励んでいました。

当初は、東京に戻るつもりだったという古澤さんご夫妻。
横浜の街の雰囲気が気に入って暮らし続けましたが、3年前に旅行で訪れた長野県諏訪地域との出会いが、古澤さんの人生の新たなターニングポイントとなりました。


古くから諸外国との貿易の拠点として発展した横浜

※横浜港:
江戸時代(安政6年)に開港された横浜港は諸外国との貿易を開始し日本に洋風文化を発信した最大のターミナルとして栄え、また明治より信州特産の生糸を諸外国へ輸出する中心の港として大きく発展しました。
諸外国から殺到する生糸の需要に信州が応え、その諸外国との窓口として横浜が位置していた事実は、信州(長野県)と横浜の古くからの特別な縁と、信州と横浜との交流の深い歴史を感じます。

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