い~な 上伊那 2つのアルプスと天竜川からなる伊那谷の北部に位置し、雄大な自然に囲まれた上伊那地域。 この地域の自然、食、歴史や地域のがんばる人々など、私たち職員が見つけ、感じた上伊那の魅力と地域の活力を発信します。

い~な 上伊那

2つのアルプスと天竜川からなる伊那谷の北部に位置し、雄大な自然に囲まれた上伊那地域。 この地域の自然、食、歴史や地域のがんばる人々など、私たち職員が見つけ、感じた上伊那の魅力と地域の活力を発信します。

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こんにちは!上伊那の木喰仏(もくじきぶつ)様

こんにちは!
魅力発掘探検隊(歴史・祭り・暮らし部会)のIです。

木喰上人(もくじきしょうにん 木喰五行上人 1718~1810)と言えば、江戸時代に全国を巡り庶民のために木彫の仏像を彫り続けた修業僧で、その素朴でユニーク、入魂を感じさせる仏像の数々は、昨今の仏像ブームの中「飛騨の円空 甲斐の木喰」と並び賞される人気です。
この上伊那では、以前に伊那市狐島の龍光寺に木喰上人作と伝えられる仏像が一体安置されていた旨の記録があり、ぜひ一度拝観したいと思っていたのですが、この度同じ曹洞宗の常円寺(伊那市山寺)で預かり保管されていることがわかり、早速伺わせていただきました。

護法山常円(圓)寺(ごほうざん じょうえんじ)は、600余年の歴史をもつ名刹で、信濃三十三番観音霊場二十一番札所、伊那七福神のひとつ(布袋様)でもあります。角田泰隆(つのだたいりゅう)住職自ら対応いただき、拝観させていただきました。(大切な預かりものということで、普段は厳重に保管されているとのことです。)

ご住職も詳しい由来はわからないそうです。本によれば、上人自身が上伊那へ来たかは不明、元は諏訪から出たものらしく、東高遠潮田氏を経て龍光寺に納められたとのことです。

”微笑仏(みしょうぶつ)”と言われるように、おだやかな微笑みが木喰仏の特徴です。
お目にかかれて感激です♡

(背後の墨書き)
 日本千タイの内      〇〇寿〇
 国王国中         天一自在法門
 衣通力上人        木喰 五行上人
 父母案楽         (花押)
 享和二戌四月十一日    八十五歳 

ちょうど今、松本市美術館において、木喰仏を世に見出した民芸運動の創始者 柳 宗悦(やなぎ むねよし)の没後50周年の展覧会が開かれています。柳先生が山梨において、初めて出会い魅せられた木喰仏が展示されていますが、その像が享和元年(1801年)84歳の時の作であり、上伊那の像はその翌年に作られたことになります。上伊那の像よりも大きいですが、大変よく似ているように思いました。
(ちなみに、木喰上人は全国を遊行しての仏像づくりを61歳からはじめて91歳まで続けられたそうです。驚くべき、生涯現役のお手本のような方ですネ!)

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