い~な 上伊那 2つのアルプスと天竜川からなる伊那谷の北部に位置し、雄大な自然に囲まれた上伊那地域。 この地域の自然、食、歴史や地域のがんばる人々など、私たち職員が見つけ、感じた上伊那の魅力と地域の活力を発信します。

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織田信長が伊那谷を訪れたことはあったか?

こんにちは!

戦国時代に、天下統一の礎を築いた武将、織田信長

彼が伊那谷にやってきたことがあったのか、

『信長公記』を読んで調べてみました。

 

信長の長男、織田信忠は天正10年(1582年)武田攻めのため、伊那谷に出陣しています。

下の写真(及び地図)は高遠城攻撃の際、信忠が陣取ったとされる一夜の城跡(伊那市富県)。

SN3B2097

ちなみに、信忠は

飯田市の開善寺から鐘を強奪して、高遠まで引きずってきたり、

諏訪大社を焼き払う等、

「それはひどくない?(+_+;)」ということもしたようです。

 

天目山の戦いで武田氏が滅亡した後、信長は諏訪に来ているので

(ここでとある事件が起こったと言われています)

信長が伊那に来るとすればこのあたりかな、とアタリをつけて読んでみます。

すると、

天正10年3月13日、信長が今の根羽村に陣を取り、

翌日、平谷を経由して浪合に陣を取ったことが書いてありました。

ここで武田勝頼父子の首が持参され、実検が行われました。

 

15日、16日飯田に駐留、さらに、

17日飯島陣を取り、翌日高遠に陣を取ったことが書いてあります。

 

信長は1582年3月13日から18日まで伊那谷に来ていたんですね!

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