来て!観て!松本『彩』発見 歴史と伝統の城下町松本。のどかな田園風景安曇野。そびえたつ雄大なアルプス。自然と文化に彩られたまつもと地域の情報を、松本地域の県職員の発見を織り交ぜつつお届けします。 面白いこと新発見、知ってる人にも再発見、何だこれはの珍発見。当たり前だと思っていたことから、ローカルなことまで職員の発信する情報をお楽しみください。

来て!観て!松本『彩』発見

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ユニークな水路みつけた!「五五・五七堰(ごご・ごしちせぎ)余水吐水門閉鎖式」に参加しました

こんにちは。農地整備課のT子です。

私には、持論があります。

「地域の歴史を深く知るためには、農業土木構造物(水路・頭首工など)を調べてみよう!
ということ。

ご近所を何気なーく流れている水路も、
誰が?何のために?なんでこの形に?作ったのかを調べていくと
気づけば江戸時代に!平安時代に!?まで遡る… なんてこともしばしば。
(タモリさん、またいつでもお待ちしております♡)

先日、この持論を改めて感じたイベント「余水吐水門閉鎖式」に参加してきました!!
@長野県 東筑摩郡 朝日村

今回参加した「余水吐水門閉鎖式」は、
古見村(こみむら/現 朝日村)、今井村(いまいむら/現 松本市)の2村が
鎖川(くさりがわ)をめぐる水争いをしていたという歴史から、
農業用水の大切さを現代に伝える、大切な儀式です

会場は「五五・五七堰(ごご・ごしちせぎ)」 ←クリックしてGoogle Mapへ!
ちょっとユニークな名前の用水路ですが、ユニークさは見た目にも。
その名のとおり、タテヨコ5寸×5寸、5寸×7寸の取水穴が、並んで2つ空いているのです!

 

↓↓↓ 「鎖川をめぐる水争い」のストーリーをご紹介 ↓↓↓
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古見・今井の2村は、「鎖川」の上下流に並び、以下のような関係にありました。

●古見(こみ)村
・高遠藩(現 伊那市)の領地
・鎖川沿線では、今井村よりも上流側。

●今井(いまい)村
・幕府直轄の領地(=年貢米を作るため、優先的に水を使える)
・鎖川沿線では、古見村よりも下流側。

上流で有利に水をとれるはずの古見村が、
幕府直轄領の今井村のために、決まった量以上の水は取れずにガマンする…
「大川落とし」というルールが決められていました。

やはり争いが起きたため、古見村に新しく
5寸×7寸(=五七)の取入口をもつ水路「中井筋」を引いてOK! とのお赦しが出ます。

しかし古見村にとっては、まだ水が足りません。
いつしか中井筋には、「サワガニ」さんが開けた「ガニ穴」がどんどん増えたため
(「サワガニ」さんの正体はお分かりですね)、
5寸×5寸(=五五)の水路を併設し、五五・五七の穴が生まれたのです。

昭和8年、また大騒動がおきます。
木造の水路の傷み・水漏れがひどかったため、
今井の人たちがコンクリートへ作り変える工事を強行…
古見の人たちも黙っておらず、塩尻警察署長が仲直りに割って入る事態に
そこで新たに協定が立てられました。

これが「余水吐水門閉鎖式」のはじまりで、
今でも毎年6月に行われています。

おしまい
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「余水吐水門閉鎖式」の流れはこんな感じ。
今井 : 五五・五七堰の余水吐水門を閉める
古見 : 今井の人に「水が足りないので水門を開けてください」とお願いをする
今井 : 五五・五七堰の余水吐水門を再度開ける

現代では技術が発達したおかげで、水争いって昔の話…?と思いきや、
100年も経っていないほど最近までの話なのです。
当り前のように運ばれてくる水、やはり当り前のものではありません
儀式に参加させていただき、改めて身の引き締まる思いがしました。

農業は歴史の根底にあるもの。
あなたのご近所の水路でも、こうした歴史ストーリーが眠っているかもしれませんよ
ぜひ調べてみてください!

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