2025年12月更新
最近ではご祝儀袋も豊富で、あでやかな細工が施されたもの、紙を斜めに折り込んだものなど実に多彩。そんな華やかなご祝儀袋を最も演出しているのが水引ですよね。



実はこの水引、飯田市が国内最大級の製造地。
経済構造実態調査2024年確報品目別統計表によると、水引製品などの祝儀用品の出荷額2,884百万円(全国シェア23.5%)で全国2位です。
水引が日本に伝来したのは古く、飛鳥時代。
遣随使の小野妹子が帰国したとき、随からの贈り物に「航海が無事平穏でありますように」という祈りを込めた紅白の麻紐が結ばれていてこれが日本の水引のルーツなんだとか。
水引には贈り物と一緒に相手の幸せを祈るという意味があったのですね。
それからというもの、宮中への献上品は紅白の麻で結ぶ慣例が生まれ、平安時代には「水引」と呼ばれるようになったそうです。
飯田で水引が作られるようになる前、飯田産として有名だったのが「元結」。
この「元結」は髪の根本を結い束ねる紐で、大相撲好きの方なら元結はおなじみですよね。
もともと飯田は和紙の製造が盛んで、江戸時代に普及した元結を当時の藩主が和紙を活用して作らせたのが始まりだったようです。
元禄年間に、美濃から招かれた紙すき職人・桜井文七。当時の元結は非常に弱く扱いにくかったのですが、文七は飯田で修行を積みながら改良に取り組み、遂に光沢のある丈夫な元結造りに成功。江戸に卸問屋を開業してから、この元結はみるみる人気になり、「文七元結」の名が全国で知られるようになりました。

飯田の元結は紙でありながら切れにくい一級品。
綴り用の紐に使われていて、その強度はホッチキス以上と評価され、七夕などの伝統行事などでも目にしているはずです。
歌舞伎や時代劇、日本髪美容院等でも用いられ、もちろん日本相撲協会へも納められています。
とはいっても明治維新後の断髪令により、生活必需品ではなくなってしまった元結。そんな時に誕生したのが、元結に改良を加えて光沢を出した丈夫な水引だったのです。
実はさまざまな結び方が開発されたのは昭和に入ってからのこと。
金封、結納品などで飯田の水引はどんどん使われるようになりました。
詳細はコチラ(飯田水引協同組合HP)

平成10年(1998年)、長野県で開催された冬季オリンピック・パラリンピックでは、参加選手や役員、海外報道関係者に記念品として飯田の水引細工が、パラリンピックでは入賞者に水引で作られた月桂冠樹が贈られました。
このことにより世界に「水引」の名と、その繊細な美しさが知られることとなりました✨
飯田では水引を使った色々な製品が作られているのですが、水引細工の加工体験ができるところもあります。

金封、ブローチ、花など、自分の祈りを込めた世界に一つだけの水引を作ってみてはいかがですか?
【根拠データ】
経済構造実態調査2024年確報品目別統計表
【問い合わせ先】
産業労働部 産業技術課
このブログへの取材依頼や情報提供、ご意見・ご要望はこちら
営業局
TEL:026-235-7249
FAX:026-235-7496


















