2019.09.05 [ 文化・伝統 ]
近代化遺産モニターツアーを開催しました!
松本地域振興局では、砂防・農業水利遺産、養蚕・製糸業遺産、ワイン醸造遺産及び教育遺産の4つのテーマに着目した当地域の近代化遺産カード及びカードホルダー付きのカードマップを作成し、近代化遺産を巡りながらカードを収集する近代化遺産の観光資源化の取組を実施しています。
今回は、4つのテーマのうち、砂防・農業水利遺産を巡るモニターツアーを開催しました。去る7月31日にツアー開催の告知を行ったところ、翌日には定員20名に達し、キャンセル待ちが出るほどの人気でした。ツアーには、松本市文書館特別専門員の小松芳郎先生を迎え、松本平の扇状地形に関する近代化の歴史を解説いただきました。
まず最初の散策地は、平成の名水百選に認定されている「源智の井戸」です。現地へ到着すると・・・小松先生の解説が聞こえないほどの大雨が・・・ツアーを企画した担当者の日頃の行いが悪いことが露呈してしまいました。ツアーに参加された皆さん、本当にごめんなさい。
小松先生の解説を少し紹介すると「源智の井戸」は、一度、水が枯れてしまい、平成元年に松本市が掘削・復旧し、市民の皆さんや観光客の皆さんに愛される井戸となっているようです。また、明治天皇が松本を御巡幸された際の御膳水として使われました。立派な石碑も建っていますよ。
次の散策地は、「四ケ堰円筒分水工」です。場所は、長野自動車道塩尻北インターのすぐ隣になります。
日照りのひどい村として有名だった平田村(現在の松本市平田東・平田西)は、名主の百瀬三七が新堰開削を計画し、明治5(1872)年に現在の四ケ堰が完成しました。新しい堰を開削するまでには、松本藩の村井村・小屋村・平田村・野溝村(現在の松本市芳川地区)や、伊那県の二子村・神戸村(現在の松本市笹賀地区)との調整に大変な苦労があったようです。奈良井川から取水した水を分水工で均等に分けるメカニズムは、本当に感心させられました。
昭和27(1952)年からは、水路をコンクリートにし、今のような堰・分水工に改修されています。
午後の最初の散策地は、「牛伏川フランス式階段工」です。明治18(1885)年から大正7(1918)年にかけて内務省・長野県が石堰堤や石張水路などの砂防工事を行い、現在に至っています。
小松先生がおっしゃっていました。「こんな雨の日に、階段工に来る人はいないよね。でも、皆さん良く見てください。こんなに雨が降っても、水量が変わらない。すごいですよね。」
雨が降ると大量の流出土砂を運び、頻繁に氾濫を繰り返していた暴れ川の面影は、全く感じることができない光景でした。小松先生の優しい解説に感謝しつつ・・・やはり担当者としては晴れてほしかったです・・・。
本日最後の散策地は、「拾ケ堰・サイフォン」です。バスの車窓からサイフォンの入口を見学し、アルプス大橋を渡ってサイフォン出口へ。平成10(1998)年に新しく掘削した地下水路で利用したシールドマシーンなどを見学しました。
今回の砂防・農業水利遺産を巡るモニターツアーは、天気に恵まれませんでしたが、小松先生の分かりやすく楽しい解説により、無事開催することができました。参加者の皆さん、関係者の皆さん、本当にありがとうございました。
最後に、松本地域の近代化遺産を巡りながら近代化遺産カードを収集してみませんか。
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