楽園信州

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<VOL.220>四季彩だより~信濃の国から~

千年の時を超えて民を守る ~仁科神明宮~ (大町市)

3月3日の雛祭りも終わり、きらびやかに着飾ったお内裏様とおひな様もまた来年・・・
いよいよ弥生3月に入り、何となく春の気配を感じる毎日となってきました。
そして、3月は卒業シーズン! 全国の学校等から“ほた~るのひか~ぁり・・・”“仰げば~尊し~”のメロディーが聞こえてきそうです♪♪
(ちょっと時代遅れですかね??)
今回は、地域と民の安寧のために人々を見守り続ける神社の紹介です。


(本殿へ向かう参道)


長野県の北西部、松本平の北に位置する大町市は、「北アルプス一番街」と言われるように、急峻な北アルプスの山々を背にして広がっています。
北アルプスの山々を映す仁科三湖やダム湖、豊富な温泉にも恵まれた山岳観光都市として四季を通じて多くの観光客が訪れています。
この大町市の社(やしろ)地区に伊勢神宮(三重県)と同じ神明造(※)で造営された、千年の歴史を持つ「仁科神明宮」があります。

※ 伊勢神宮の皇大神宮(内宮)と豊受大神宮(外宮)の各正殿(本殿)の様式は、他社においては、これと完全に同じくするのをおそれはばかって採用していないため、特別に唯一神明造(ゆいいつしんめいづくり)と呼ばれています。
(出典:ウィキペディアフリー百科事典)


(神明造の社)

仁科神明宮の創始年代ははっきりしていませんが、古い文献から後冷泉天皇(1045年-1068年)の御代ではないかと考えられているそうです。
「新宮雑書信濃御厨(建久3(1192)年)」の記事には、麻績、藤長、長田の御厨(みくりや)(※)とともに仁科御厨の名も連ねられており、しかも仁科御厨に限り、「件御厨往古建立地」と注記してあるため、信濃で一番古いことが伺われます。

※御厨: 古代・中世の皇室や伊勢神宮などの大神社に付属する,食料品調達にかかわる所領。平安時代末から鎌倉時代ごろには荘園とほとんど変わらないものとなった。 
(出典:㈱日立ソリューションズ)


(静寂の中に凛として)

この地方の支配者であった仁科氏がこの御厨において、400年近くの間、終始その神役に従い又神明宮に奉仕して神事を怠りませんでしたが、天正10(1582)年に仁科氏が滅びてからは、代々松本藩の神領とされて明治維新まで至りました。
その間、仁科66郷の総社として、郷土の人々の崇敬が深く、また信濃の国7神明宮の一つにも数えられて大いに神威を振っていました。

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