じょうしょう気流 「上小(じょうしょう)地域」と聞いて、みなさんは長野県のどの地域を思い浮かべますか?「上小地域」は、上田市、東御市、小県郡長和町、青木村の2市1町1村からなり、群馬県の西側に接する地域です。「上小」には自然、歴史、文化、おいしい農産物など、さまざまな魅力がありますが、それらを上田合同庁舎の職員の目で見て綴り、皆さんにご紹介してまいります。

じょうしょう気流

「上小(じょうしょう)地域」と聞いて、みなさんは長野県のどの地域を思い浮かべますか?「上小地域」は、上田市、東御市、小県郡長和町、青木村の2市1町1村からなり、群馬県の西側に接する地域です。「上小」には自然、歴史、文化、おいしい農産物など、さまざまな魅力がありますが、それらを上田合同庁舎の職員の目で見て綴り、皆さんにご紹介してまいります。

歩いて見どころたくさん -海野宿―

 地域政策課のYです。

 江戸時代、江戸から信州を通って越後につながる「北国街道」は、佐渡の金の輸送や善光寺参拝、加賀の前田家の参勤交代などに使われた当時の大動脈でした。今の軽井沢から小諸を通って東御市、上田市から坂城町、千曲市、長野市などを通過して新潟県の上越に抜けていきます。
 この街道の宿駅として整備されたのが東御市の海野宿です。当時は、約600mの間に約100軒の宿などの家があったそうです。
 今も当時の面影を残していて、昭和62年(1987年)には国の「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されています。

 しなの鉄道の「田中」の駅から西に行くと、海野宿の入口にあるのが白鳥神社(しろとりじんじゃ)」です。
 白鳥神社は、中世のこの地域の豪族「海野氏」の氏神です。江戸時代には宿場の人々の産土神(うぶすながみ 守護神)として崇められたとか。鳥居を入って、拝殿前には太い御神木が。境内には相撲の土俵がありますが、史上最強の力士とも言われるこの地域出身の雷電為右衛門を記念したものだそうです。
 また、ここは木曽義仲挙兵の地ということで、義仲がこのお宮の前の河原で平家討伐の兵を挙げたことを記した解説板もありました。この地域の豪族海野氏も有力な武士団として参加したとか。


 白鳥神社の西側には、海野宿の街並みが真直ぐ広がっています。道の真ん中には水路があって、それを境に車道と歩道が分けられています。車は結構通りますが、歩道の幅があるので、そちらを歩けば安心です。
街並みの最初の写真は、宿場の西側から東側の白鳥神社方向を見たものですが、本当にきれいな町並みです。

 両側には立派な家が連なっていて、「うだつが上がらない」という「卯建」(建物の両側の壁を屋根より高くして防火壁の役割をする)がしっかり上げられています(街並みの2枚目の写真)。

 また、格子戸の家が多くありますが、二階の格子戸は、長短二本の格子になっていて、「海野格子」と呼ばれているそうです。

 白鳥神社の西には「媒地蔵(なかだちじぞう)」があります。加賀の殿様が参勤交代の際お参りしたところお姫様が良縁に恵まれたという逸話もあるくらいで、江戸時代から女性に人気があったそう。

 通りには、そば屋やお土産屋、喫茶などのお店もあります。この日寄ったのは、ガラス工房のお店。中にはガラス製品が展示販売されていますが、ここはカフェもやっていて、2階に上がると広い部屋にいくつものテーブルと椅子が。窓から街並みを見ることもできます。

 この通りは、国の「日本の道百選」にも選ばれています。道といえば、田中の駅から歩いてくると、車道と少し離れて歩道がきれいに整備されていて、しなの鉄道の線路を横に見ながら、海野宿までゆったりと安心して歩くことができます。

 来年(平成26年)夏には、宿泊施設がオープンする予定です。市が整備するもので、昭和初期の建物を改修するものです。海野宿には宿泊できるところがなかったので、これができると訪れる方も多くなるでしょう。楽しみです。

 ↓↓↓ 海野宿の場所はこちら ↓↓↓


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