2013.04.30 [ 職員のみつけた情報コーナー ]
しなの鉄道途中下車の旅 大屋駅1 パスタにピザ、懐しの農機具
しなの鉄道の各駅周辺を紹介するシリーズ。今回は「大屋駅」です。これまでのブログ 滋野駅1 滋野駅2 田中駅1 田中駅2 田中駅3
大屋駅は、信越線長野-軽井沢間が開通した明治21年(1888年)の8年後の明治29年(1896年)に開設されました。駅前を通る国道152号線を南に行くと、諏訪地域に結ばれます。諏訪地域や丸子地域の生糸や蚕種(蚕の卵)を信越線経由で東京などへ運ぶためには一番良かった場所です。それまで田中駅まで行って列車に積んでいたのを、もっと便利にということで地元の人々の要望でできた駅です。また、大正7年(1918年)から昭和44年(1969年)まで丸子と上田を結んでいた私鉄の「上田丸子電鉄」もこの駅を経由していました。
そんな大屋駅から国道152号線を南に行って、千曲川を渡ってしばらくのところにある交差点近くにスパゲティ専門店「プティ・ラパン」があります。こじんまりした建物で、店内も1階はカウンター席とテーブル席が3つ。でも、メニューの豊富さは「スパゲティ専門店」とお店の看板に掲げるだけのことはあります。スパゲティだけで70種類以上あります。トマトソース、ミートソース、タラコ、メンタイコ、醤油味などはそれぞれ10種類前後ありますし、ホワイトソース、玉子、ウニ、アサリ、味噌ソース、塩味と、これらも複数のメニューがあります。
この日は、まだ外でも家でも試したことのない味噌ソースを選択。「味噌ナス、ベーコン」をオーダー。大きなお皿に乗ってきたスパゲティ。ナスとベーコンのほかピーマンが乗っています。確かに味噌味。濃すぎて具の味をなくしてしまうことなく、味は控えめですが、味噌の風味がとてもいいです。想像していたよりおいしい。さすがスパゲティ専門店。
ここは、スパゲティ以外にもピザやハンバーグなどもあります。ここのピザはおいしいです。写真は「トマトクリームソースの若どりとキノコ」です。トマトソースやホワイトソースもありますが、このピザは、ホワイトソースをピザ生地に塗った上にトマトソースがあって、そこに具とチーズを乗せたもの。ホワイトソースとトマトソースにとろけたチーズが絡まって、おいしいです。ホワイトソースをピザで使ったのを初めて食べましたが、これは絶対合います。生地は縁が厚いナポリ風。サクッとしているのが特徴です。大きさは9インチ(約20cm)で、いつも家では30cmのものを作っているので、ちょっと小さいかなあと思いましたが、厚みもあって十分。生地もソースもチーズも具も、おいしかったですよ。
プティ・ラパンの前の道を西にちょっと行ったところにあるのが「松山記念館」です。この近くに本社がある「松山株式会社」は、「ニプロ」のブランドで知られる農機具を中心とするメーカーです。この会社の初代である松山原造は、明治33年(1900年)、牛や馬に引かせて田畑を耕す犂(すき)の画期的な新商品を開発し、その後、全国に普及させていきました。その犂は「双用犂(そうようり)」と呼ばれ、それまで片方しか土を起せなかったものを、レバーを切り替えることによって左右の土を起すことができるなど、力のある人しか操れなかった犂を使いやすいものにしました。松山記念館では、その当時のものから、機械で牽引させる犂が出てくる第二次大戦前後くらいまでの製品や資料などを展示しているところです。
2つある展示室のうち、農業倉庫として使われていた建物を活用した展示室には、一番最初の双用犂や、その後改良されていった犂が並び、また、私が子供の頃、専業農家だった祖父の家にあった唐箕(とうみ 穀物の籾殻などを風で吹き飛ばす農具)など、今ではなかなかお目にかかれない昔の農機具や、古いラジオ、電話などの生活用品が展示されています。
また、もう一つの展示室には、設立当時の会社の文書や犂の設計図などに混じって、明治時代の絵葉書など、明治から大正、昭和の初めにかけての風俗も垣間見ることのできる物がたくさん展示されています。外から建物を見たときは、すぐに見終わるかなと思っていましたが、記念館の方の興味深いお話を聞きながら見学していたら、1時間以上もたっていました。ここは、いたるところで「ふーん」「なるほど」「あ、そうなんだ」とつぶやいてしまう必見の記念館です。
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住所:上田市大屋454
地図:
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