信州魅力人

信州の魅力、それは長野県内で頑張るつくり手たちの魅力。そんな魅力人の想いをお伝えします

その道に入った以上、一生勉強しなければ

中条村が長野市に編入合併したのは 2010年1月1日。「こんな隅っこの山の中だけど、誇りを持っている」と常盤林夫さん・純子さん夫妻は話します。「限界集落一番」というブランドで地産地消の商品を開発・販売をしているお2人が、どのようにブランドをスタートさせ、これからどうしていきたいのかをお伺いしました。

その道に入った以上、一生勉強しなければ

-「限界集落一番」はいつから始めたのですか?

限界集落一番のロゴ

林夫さん:
「限界集落一番」というブランド名を付けてスタートしたのは2008年の6月。名前が決まってからが大変でした。2人をモチーフにしたロゴなども作ってもらってね。最初は味噌からスタートしました。でも、それまでもその時期に地元で採れる旬のものを塩漬けにしたり、加工したりして販売はしていたんですよ。

純子さん:
わたしが結婚してこっちに来たのは22歳のときでした。もうそれから55年です。最初はスーパーを経営していて。高校生がよく来てくれました。やかんにお湯をたくさん沸かしてね、カップラーメン用のね(笑)。当時から自分たちで作ったものも売っていましたが、本格的に作り始めたのは道の駅ができてからです。

林夫さん:
長野オリンピックのときに、中条村に中継基地のようなものを作るという話になったんですよ。当時、村会議員をしていたんですが、外国の人もたくさん来るような中で、何をするべきかを考えました。立派なトイレを作って施設を充実させて、でもそれとは別に何か良いサービスができないかと考えて。それで、中条の道の駅にある「わんさか市」のところで「きのこうどん」を2人で売ったんですが、これがすごく売れました。

当時は村の中で「あそこに行けばたいがいのものはある」という場所でもありました。コンビニの前身みたいなものです。土地のものを中心に、ないものは他の地域にも声を掛けて集めました。「よその土地のものを売るのはどうか」という声もありましたが、お客さんは喜びますから。やっぱりお客さんが第一で、顧客主義というかね。ものを売るにはまず人を集めなければならないですから。

-まず、人を呼ぶことが大事だと。

限界集落一番 常盤林夫さん

林夫さん:
今、「限界集落一番」の商品は「わんさか市」で販売していますが、この「わんさか市」という名前はお客さんがわんさか来るようにと名付けたものです。

百姓は、生産技術はあっても販売技術はあまりない方が多いと思います。自分のところのものが売れればいいというか、例えば販売所全体の売り上げなどはあまり考えないというか。でも、人を集めれば売れるわけで、売れるのなら販売所全体が売れればいい。そういうことを考えていかなければダメだと思います。

そういうことは勉強して、頭を改めたり、冷やしたりして学ぶべきなんですよ。年とか関係なくてね。その道に入った以上、死ぬまでやらなければならないと思っています。勉強することが本当に多くて。でも、勉強が楽しいです。

今は、大学の講義を聞きに松本まで行ったり、県の講演に参加したりして勉強もできるし、いろいろな人がアドバイスしてくれるのでとてもありがたいです。日々、成長していく感じですよ。老いるのではなくてね。

ドラマチックな味噌作り

-これからは?

林夫さん:
勉強して教わったことをまじめにやって、成果を出して行きたいです。今は、商品を絞っていこうと思っていて。「わんさか市」限定で売っているけれど、ほかでも売れそうなものを相談しながら選定していこうと考えています。インターネット販売なども視野に入れながら。有機栽培にこだわっている人は全国各地にいますから、需要はあると思っています。

何でもかんでもと散らかしておくと無駄が多くなってしまうので、集約していかなければなりません。人も限られていますからね。年をとっても商品は若く、衣替えしながら売って行きたいです。

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