信州魅力発掘人 信州に魅せられ、活動する人たちの言葉には「信州の魅力」が凝縮されています。信州の魅力を掘り下げ、それを語る「信州魅力発掘人」。山の強さ、美しさ、厳しさ、素晴らしさを知る人たちが「山の魅力」を伝えます。

信州魅力発掘人

信州に魅せられ、活動する人たちの言葉には「信州の魅力」が凝縮されています。信州の魅力を掘り下げ、それを語る「信州魅力発掘人」。山の強さ、美しさ、厳しさ、素晴らしさを知る人たちが「山の魅力」を伝えます。

山岳総合センター×安全登山 vol.1

- 始めたばかりでも「ヒマラヤへ!」って感じなんですか?

それなりに一生懸命やって、登れるようになってくると、より高いところ、難しいところへ行きたいという気持ちになってくるんです。それで、山岳会でヒマラヤ登山を企画して、1981年、ヒマラヤの7000メートルくらいの山に登頂しました。

- 会社勤めをしながら?

会社は3カ月くらい休みましたね。今はネパールも自動車が走れる道路ができてきましたが、そのころはなかったので歩くしか手段がありませんでした。麓に行くまでに2週間、1週間準備して、キャラバンで2週間、登山期間が1カ月。帰りも同じように時間がかかるので、なんだかんだで3カ月です。

- 3カ月も…今ではなかなか休めないですよね。

当時は今よりも休みやすかったですから。おおらかな時代でしたよね。何度かそうやって山へ行っていると社内でも「あいつはそういう人間だ」って思ってもらえるというか、認めてもらえるような空気になってきて。最初は遠慮して休みを取っていたんですが、徐々に楽になってきました(笑)。

- 初めてのヒマラヤはどうでしたか?

ちょっと高山病みたいにはなりましたが、無事に頂上まで行くことができました。そのころには結婚もしていたので、そろそろ辞めなきゃいけないかなって思っていたんですけど。結局、ずっと続けています。


杉田さんが初めてヒマラヤに行ったのは27歳のころ。その後、39歳のときにで再びヒマラヤに向かいます。「子どもも多少大きくなったし、このままだと2度と行けないかもという気持ちもあって」。前回よりも少し低い6300メートルほどの山に登りました。すっかり登山の魅力に杉田さん。次回は、登るだけではなく、教えることに目を向けたきっかけを伺います。

PROFILE
1953年、岡山県津山市生まれ。就職を機に松本市へ移住し、地元の山岳会「松本学友会ライフ&マウント(L&M)」に入会。以降、会のモットーである「美ヶ原からヒマラヤ」までを実践し、四季を通してオールラウンドな山行に励む。2010年、退職後に登山学校「岳遊舎」を立ち上げる。2012年、長野県山岳総合センター所長に就任。

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