2014.07.22 [槍ヶ岳観光株式会社(松本市)代表取締役 穂苅康治さん]
安全が第一、それぞれに合わせた「山の楽しみ方」を
山荘経営をはじめ、環境、教育、情報発信など、山にまつわる活動を行っている槍ヶ岳山荘の三代目・穂苅康治さん。「多くの人に山の魅力を知ってほしい」という反面、山の厳しさを知っているからこそ、伝えたいことがあると言います。山岳観光の取り組みと現状を踏まえた上での提言、そして写真家としても活躍する穂苅さんに写真の楽しみ方についてもお伺いしました。
安全に山を楽しんでもらうことが、山小屋の仕事
- 穂苅さんがサラリーマンを辞めて帰ってきたのが1989(平成元)年。当時はどのような感じでしたか?
高校を卒業してから20年以上地元を離れていたのですが、設備面では「あまり変わってない」と感じました。何とかしないといけない、という思いはありましたが、最初は右も左も分からない状態。3年間は見習いとして、周りの人にいろいろ教えてもらいました。
その後、まずはトイレの改修に取り組み始めました。「山のトイレ」といってもさまざまな方式があり、現場の状況によって適するものは異なります。どういうものが適しているのか、とにかくいろいろ見てみないと分からなくて、小谷村の雨飾山や、東京の雲取山などへ視察にも行きました。槍沢小屋に簡易水洗の土壌処理方式のトイレを設置したのは1998年。そのころから、国や地方自治体などが補助事業を始めたこともあって、全国的にトイレ整備が進んでいきました。しかし、適するトイレ方式の見極めが難しく、うまくいかないところもあったようです。最近は実証事業が実施されるようになり、環境保全も考えられるようになりました。水を使わず人間の排泄物を肥料に変えて農業に利用する「エコロジカル・サニテーション」の考えを基にしたバイオトイレを導入する動きもあります。
穂苅さん撮影の写真
- その他の取り組みはどうですか?
北アルプスで経営する5つの山小屋では、全て屋根にソーラーパネルを取り付け、太陽光発電を利用しています。他には、山岳無線LANネットワークを活用し、現地の画像や気象などの山岳情報を提供する「北アルプスブロードバンドネットワーク」にも携わっています。これから登山をする人が情報を得て、必要な装備を準備することができれば、遭難や事故を防ぐことにつながります。安全に登ってもらうための情報発信ツールとして役立つ面は大きいのではないでしょうか。
私が祖父や父から引き継いだもののうち、安全についての考えというのはとても重みを持っています。登山者に、安全に山を楽しんでもらうということが山小屋の仕事。「登山者を守る」というと、ちょっとキザかもしれませんが(笑)、それが大切な役目だと思っています。
山に登るとき「なるべく早く、遠くまで行きたい」という人もいます。しかし、早く登ることにはリスクがあります。途中の小屋に泊って、時間を掛けて上がっていくほうがいい。東京から長野へ来て、そのまま登ると高度差によって高山病にかかる危険性が上がります。槍ヶ岳は、標高は高いですが、槍沢や横尾に泊って登ればめったに高山病にはかかりません。徐々に馴らしていくことが体にとっても良いし、気候や風景の変化も感じられるので心にも良いはずです。
最近はブームもあって、山に来る人が増えました。一人で来る人も多いですが、初心者は特に「一人で山へ登らない」ということを心に留めておいてほしいと思います。山の天気は変わりやすいといいますが、一人だと天候が変化したときにリカバリーが難しい。誰かが一緒にいれば、何かあったときに連絡ができ、助かる可能性も高くなります。仲間と一緒に行く、もしくはガイドをお願いするか、ツアーに参加することをお勧めします。
- 穂苅さんは信州まつもと山岳ガイド協会「やまたみ」の代表も務めていらっしゃいますね。
今は70人ほどスタッフがいて、若い人たちが頑張ってやってくれています。最近はツアーも多彩で、女性限定のものや親子登山などのプランもあります。環境について学ぶ機会を設けたり、子どもたちでも楽しめるようにしたり、アイデアを出しながら企画しています。ここ数年は需要も増えてきたように感じますね。山に対する関心の高さの表れなのかもしれません。
「神様ありがとう」と思う瞬間
穂苅さん撮影の写真
- 穂苅さんは、三代に渡って写真家としてもご活躍されています。
私はまだ、父に言われて撮っているようなもので、どのくらい身についているのかは分かりませんが(苦笑)。山には良い写真が撮れるポイントがあります。自分で探したり、良いと思う写真があればその写真を見ながら探したり…私の場合は、父の写真を参考にすることもあります。
- 良い写真撮るには、やはり道具や技術も必要でしょうか?
道具も大事ですが、今は「場所」と「タイミング」が揃えば良い写真が撮れます。とはいえ、そのタイミングが難しいので、これはもう、なるべくたくさん撮るしかないですね。写真は、その場の感動を切り取るもの。必ず良い写真が撮れる方法はありません。だからこそ、「神様ありがとう」と思わずにはいられない瞬間があります。同じ場所で撮っても、毎回違う写真になります。それが、飽きない理由なのかもしれません。
これからはまさに山の季節。花が咲き、一番賑わうシーズンです。人が多いので初心者でも安心して登ることができます。静かな方がいいという人もいるかもしれませんが、そこは段階を踏んで、皆さんが無理のないように山を楽しんでほしいと思います。
穂苅さんが撮影した写真を見ると、その美しさに心を奪われ、「実際にこんな景色を見てみたい」と自然と気持ちが動きます。しかし、それはあくまで「瞬間」のもの。素敵な光景を見せてくれる山は、刻一刻と変化しています。
槍ヶ岳山荘には、変化する山の様子をリアルタイムで伝えてくれるライブカメラもあります。もともとは衛星電話のプロモーション事業として設置したものを、穂苅さんが引き継いだのは今から15年ほど前。ライブカメラの先駆け的存在でもあります。「情報を得ることで、自分に合わせた装備やスケジュールを準備することができる。それが遭難防止につながります」と穂苅さん。山の素晴らしさと危険を身にしみて感じているからこそ、その両面を多くの人に知ってもらいたい-その思いを胸に、美しい写真と穏やかな言葉で、穂苅さんは山の姿を伝えています。
PROFILE
1949年、長野県松本市生まれ。大学卒業後、商社勤務を経て、槍ヶ岳観光株式会社 代表取締役に就任(1991年)。槍ヶ岳山荘の三代目として、山荘経営をはじめ、NPO法人 北アルプスブロードバンドネットワークやNPO法人 信州まつもと山岳ガイド協会 やまたみの代表理事も務め、北アルプスや信州の山岳観光の発展に尽力している。
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