2009.03.26 [コラム]
Vol.35 特集■いよいよ目前!! 善光寺御開帳
善光寺は言わずと知れた長野県のシンボル的お寺。
その善光寺で、今年は7年に一度の盛儀「前立本尊御開帳」(期間:4/5(日)〜5/ 31(日))が行われます!
前回の御開帳では、期間中の約2ヶ月で全国から(いや、世界各地からも)628万人もの人が訪れた大行事なんですよ。
(写真提供:善光寺)
■ そもそも善光寺ってどういうお寺なの?
善光寺はおよそ1400年の昔から老若男女や宗派を問わず、人々に愛されてきたお寺。
由来を示した霊験譚『善光寺縁起』というものが残っていますので、かなり省略して簡単にご紹介しましょう。
__むかぁしむかし、天竺(インド)に月蓋(がっかい)長者という不信心で強欲な男がいました。その長者が宝のように大事にしていた一人娘(如是姫)が不治の病にかかってしまいます。医者にも見放され、悲しみにくれた長者はお釈迦様に救いの手を求めました。すると阿弥陀如来が現れ、娘の命を救ってくれたのです。長者は心から喜び、今までの自分を悔い改め、感謝の気持ちを込めて善光寺のご本尊の阿弥陀如来像を作ったと伝えられています。
後にこの阿弥陀如来像は百済へ、さらに日本へと渡りますが、時は仏教が不遇の時代。反仏派の手で、難波の堀江に放られてしまったのです…。
時は過ぎ、信濃の本田善光という人がたまたまこの場所にさしかかったとき、川の中から燦然と如来が姿を現しました。月蓋長者の生まれ変わりだという過去の因縁を告げられた善光は、喜んで如来像を信濃に持ち帰り、自宅に手厚くお祀りしました__ 。
ざくっとですが、こうして善光寺が誕生したんですって。
善光寺縁起で、本田善光が如来を背負っている場面。善光寺周辺の宿坊などで『善光寺縁起』を解説してくれる「絵解き」なども行われている。
■ 武士達も大好きだった善光寺
善光寺信仰は全国に広まり、武士たちも厚い信仰心を向けました。
仲見世北端の石橋(駒返り橋)は、源頼朝の馬の蹄が挟まってしまい、馬を降りて参拝したという逸話からその名が付いたんだとか。
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