木曽地域振興局 総務管理・環境課 Nパンダです。
少し前になりますが、8月に旧飛騨街道の西野峠(城山)へ行ってきました。

旧飛騨街道・西野峠(城山)
旧飛騨街道の西野峠と城山(標高約1,429m)は、御嶽山や乗鞍岳、中央アルプスの絶景を手軽に楽しめる人気のハイキングコースです。
天気の良い真夏日でしたが、道中は木々が生い茂っており、木陰の中を気持ちよく歩くことができました。暑さを忘れるほど涼しく、快適なハイキングになりました。
城山展望台には案内板が設置されています。

案内板によると、この場所には古くからの歴史が刻まれているそうです。
かつて木曽宗家の家臣であった祖父江家村(そぶえ いえむら)は、元弘(げんこう)3年(1333年)の戦いで功績を挙げ、その恩賞として木曽などの領地を与えられました。
その後、西野の地を治める郷守となり、館を構えるとともに、この城山を西野を守るための重要な砦として整備したと伝えられています。
また、この城山は高原の情報を代官所へ伝える「烽火(のろし)場」としても利用され、地域の重要な拠点だったそうです。
案内板の後ろには石仏群も並んでいます。
長い歴史の中で、これらの石仏たちも地域の移り変わりを静かに見守ってきたのかもしれません。
歴史のロマンを感じる静かな城跡ですが、その穏やかな風景の裏には、時代の大きな変化と人々の営みが刻まれているのだと感じました。
城山展望台からの眺め
展望台から西野地区を見下ろしてみました。

思わず「ヤッホー!」と叫びたくなるような開放感です。
遠くまで広がる景色を眺めていると、とても清々しい気持ちになりました。
御嶽山も見えていましたが、この日は山頂付近に雲がかかり、残念ながら全体を見ることはできませんでした。

それでも雄大な景色を眺めながらお茶を飲み、贅沢な時間を過ごすことができました。
把之沢(たばのさわ)稗田(ひえた)の碑と石仏群
城山から下りた後は、木曽町開田支所の裏手にある「把之沢稗田の碑と石仏群」を訪れました。

ここには、かつて行われた水田開発の歴史を伝える「稗田の碑」が建てられています。
碑には、水田開発に尽力した青木友章(雅号・了雲)(がごう・りょううん)や、把之沢の組頭だったとされる久四郎の名前が刻まれています。※「雅号(がごう)」とは、学者や文人、僧侶などが本名とは別に用いる名前のことです。
当時の開田高原で水田を開発することは大変な難工事だったそうです。
厳しい自然環境の中で工事が進められ、多くの犠牲者も出ました。
そのため、この碑は開発事業の完成を記念するとともに、工事で亡くなられた方々の霊を慰め、供養するために建立されたと伝えられています。
現在の開田高原では、水田は少なくなりましたが、そば畑やとうもろこし畑が四季折々の美しい風景をつくり出しています。その風景の背景には、先人たちの並々ならぬ努力と苦労がありました。
碑や石仏群を前にすると、地域を支えてくださったご先祖さまたちへの感謝の気持ちでいっぱいになります。
歴史を学びながら自然も楽しめる、西野峠(城山)と把之沢稗田の碑。
開田高原を訪れた際には、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。

開田支所駐車場から城山展望台、把之沢稗田の碑と石仏群までのおおよその位置図です。
※赤線・青線は位置関係を示した概略ルートです。実際の道路や山道の経路とは異なる場合があります。
開田高原の自然と歴史を感じられる散策コースですが、山間部ですので、事前の下調べや熊対策をしっかり行い、無理のない計画でお楽しみください。
このブログへの取材依頼や情報提供、ご意見・ご要望はこちら
木曽地域振興局 総務管理・環境課
TEL:0264-25-2211
FAX:0264-23-2583





















