お久しぶりです。3ヶ月ぶりですね。元・総務管理・環境課のとうふです。
前回、岐阜県に入ったシリーズ「木曽路を歩く」ですが、今回が木曽路南下ルート最後の宿場となる、馬籠宿のレポートです。
実は、馬籠宿は国の「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されていません。
大火によって当時からの建物の多くは大正時代までに消失してしまったそうです。
しかし、その後の復元・保全により、お隣・妻籠宿に全く引けを取らない町並みが形成されており、妻籠宿同様外国人観光客も多く訪れるスポットとなっています。
今回お届けするのは9月13日の馬籠宿です。
都合により本シリーズ唯一の悪天候ウォーキングで、写真が総じて暗いですが、人が少なめなので町並みがよくわかると思います!
さて、馬籠宿のポイントは、「坂」と「島崎藤村」です。
①坂
馬籠宿は、終始坂です。宿場の端から端まで平地がないと言っても過言ではありません。
ご覧のとおり道はどこを撮っても坂です。
建物は石垣で平坦地をつくり出し、その上に建てられています。
こちらは宿場名物「枡形」ですが、かなりの急斜面です。
オレンジ線で書き加えた急勾配を下りる道筋が当時からの枡形、写真中央の比較的緩やかな坂があとから造成したものだそうです。
これだけの斜面に枡形地形が合わさると、「見通しが悪い」どころか曲がった先は見えません。防衛力は最高ですね。
※当時からの枡形である石段を下りると「よく見る馬籠宿の写真」が撮れます。
②島崎藤村
島崎藤村は馬籠宿で生まれた詩人・小説家です。
「木曾路はすべて山の中である」から始まる長編小説『夜明け前』の作者であり、『夜明け前』には藤村の実生活や当時の社会の様子がつぶさに描かれているそうです。私は小説が苦手なので読んだことはないのですが…
島崎藤村の生家こと、馬籠宿本陣跡です。「藤村記念館」として公開されています。
建物のほとんどは焼失していますが、藤村の勉強部屋(藤村祖父母の隠居所・写真2枚目)が残存しています。
写真はありませんが、本陣跡に設けられた展示室には『夜明け前』の自筆原稿をはじめとした藤村に関係する資料が多数展示されていました。
また、これも写真はありませんが、馬籠宿の通りから少し離れたところにあるお寺「永昌寺」には島崎藤村や島崎家の人々の墓所があります。
宿場歩きと合わせてお参りしてもいいかもしれません。
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ここまで馬籠宿のポイントでしたが、馬籠宿の見どころをもう一つご紹介します。
③馬籠宿脇本陣
こちらも当時の建物は現存しませんが、再現された「上段の間」(最高位の人用の部屋)や本陣に関する資料が展示された資料館が建ちます。
「建物は」現存しませんが、建物の一部であった石垣が残っています。
北方の守り神・玄武を意識してすべて亀甲型(六角形)とした「玄武石垣」。
すべて築造当時から残る石ですが、黒ずみ方が異なるのは「清掃の差」だそうです。
さて、馬籠宿、いかがでしたか?
ちなみに馬籠宿は無料駐車場が多くあります。
私が宿場を歩いた9月13日、まさにこの日に中央自動車道「神坂スマートインターチェンジ」が開通し、馬籠は自家用車ユーザーに大変優しい観光地となりました。
もちろん、公共交通機関(バス)も南木曽駅、中津川駅双方から伸びており、交通手段には困りませんね!
皆さんもぜひお越しください!
次回、最終回です。どうぞ最後までお付き合いください🙇♂️
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