2013.10.17 [■I ♥信州(あいラブしんしゅう)]
<VOL.240>I♥信州(あいラブしんしゅう)
生きる力は北信州の自然とともに(1)
「I♥信州」は、長野県外から信州へ移住された方に、移住のきっかけや信州での暮らしの様子をお伺いし、長野県の魅力をさらに伝えていこうというコーナーです。
第16回目のI♥信州は、2010年に神奈川県から木島平村に移住された内藤正巳(マサミ)さんにお話をお聞きしました。
内藤さんは、木島平村に隣接する飯山市、飯山市ふるさと回帰支援センター主催の「飯山まなび塾」や「百姓塾」で5年間農業や田舎暮らしを学ばれ、2010年から木島平村の「地域おこし協力隊員」として木島平村に移住、現在は木島平村役場で行政のお仕事に携わっています。
北信州のシンボル・高社山の麓、豊かに実った稲穂を刈り取り、収穫の秋の匂いが漂う木島平村、木島平村役場で信州へ移住されるまでの経緯をお聞きしました。
<日本の首都、東京の生活で湧き出た思い>
日本経済が飛躍的に成長を遂げた1960年代後半、内藤さんは東京都板橋区で生まれました。
学校卒業後、都内の自治体へ就職し、日本の首都・東京の社会経済を支える交通関連の部門で忙しい日々を過ごしていました。
忙しい日々を送る中、神奈川県ご出身の奥様と出会いご結婚、その後神奈川県大和市へ居を構え、往復3時間かけて都心の職場へ通勤していました。
内藤さん:「自宅が神奈川県大和市ですので、朝6時頃に家を出ないと電車で座れないんです。日が短い冬場の季節は、まだ真っ暗。勤務中はほとんど外出することもなかったですし、勤務が終わって帰宅するのも日が暮れてからなので、太陽に当たる時間があまりありませんでした。
朝の通勤は、少しでも体を休めるようにと寝て過ごしていましたが、ある時、ふと周りを見渡すと、大勢いる乗客の皆さんほとんどが疲れている様子で…その光景を見て、すごく背筋が寒くなったんですよね。もともと都会で生まれ育ったのですが、だんだんと人混みが嫌になってきて…”なんかちょっと違うよなぁ”と感じ始めました。」
交通網が整備されている都心では、通勤には車ではなく電車を使う方が多く、朝や夕方などの混雑時は学生から社会人まで様々な方が利用するため、電車内はまさに「すし詰め」状態。
この通勤・帰宅ラッシュをほぼ毎日、長期間に渡って過ごすことは、体力的・精神的にとても多くのエネルギーを使います。
内藤さん:「ある時、通勤にかかる往復3時間が、往復2時間・1時間と短くなったとして、どの位の時間が浮くのか、ざっくりですけど計算してみたんです。すると、人生の時間に換算してみたら、積み重ねで1年とかの長さになるんですよね。
当時の定年は60歳でしたけど、僕らの世代は65歳まで延長されるだろうし、人生の中で、自分で自由に使い道を決められない時間を、この先、定年まで毎日毎日過ごすのか…と思いました。」
こうして過ごした日々の積み重ねが、内藤さんの心を徐々に「田舎暮らし」へと向けていったのです。
<呼び起こされた原体験と田舎暮らし体験>
内藤さんの田舎暮らしへのきっかけとなったのは、2005年に都内で開催された飯山市主催の「田舎暮らしセミナー」でした。
セミナーで様々な話を聞く内に北信州に興味を持ち始め、「こんな生活も良いなぁ。」と感じるようになった内藤さん。まずは体験してみようと、翌年の2006年2月に飯山市ふるさと回帰支援センターが主催する「飯山まなび塾」に参加し、その後、農業を交えた田舎暮らしが体験できる「百姓塾」にも参加するようになりました。
*飯山まなび塾:北信州四季折々の素朴で自然と一体となった暮らしが体験できる企画。
*百姓塾:5月~11月に開催され、実際に田植えなどの農業を行い、農業の楽しさや喜びを実感しながらの田舎暮らし体験が出来る企画。飯山まなび塾、百姓塾ともに「飯山市ふるさと回帰支援センター」主催。
百姓塾・飯山まなび塾の様子(写真提供:飯山市ふるさと回帰支援センター)
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