信州魅力発掘人

信州に魅せられ、活動する人たちの言葉には「信州の魅力」が凝縮されています。信州の魅力を掘り下げ、それを語る「信州魅力発掘人」。山の強さ、美しさ、厳しさ、素晴らしさを知る人たちが「山の魅力」を伝えます。

玄米珈琲×山里ビジネス vol.3

「登山もあまりしないですし、山へ入って木を切ることも減りました。安全面を考えると、生半可な気持ちではできないので」と話す植野さん。信級で暮らして7年。山間での生活についても伺いました。

地域の産物で、その地域の人が暮らせるように

- 長野へ来て、何度か引っ越しもされていますが、場所によって違いはありますか?

やっぱり、一つ一つの集落で違いはありますね。住んでいる人が違うから、というのもありますが、何となく人の雰囲気と地形が関係しているような気がします。いくつかの集落に住みましたが、今となると、自分にとっては信級がちょうど良かったんじゃないかなと思っています。

- 信級のどのあたりが、植野さんに合っていたんでしょう?

信級は閉ざされているけど、結構広いんです。僕の家の前には「岩下」ってバス停がありますが、そういう地区が6カ所くらいあります。割と直線状に並んでいるんですが、境目があまりはっきりしてなくて、皆、仲が良いですね。狭すぎず、広すぎず、いい距離感です。

- 集落ごとに相性はあるのかもしれませんね。

長野は山間にいろいろな集落があるので、それぞれ特徴はあるかもしれないですね。その場所に立ってみて、居心地がいいと思ったら、自分に合っているのかもしれません。…なんて、自分はいくつか集落を見てきたからそう言えるのかもしれませんね。東京からいきなり信級に来たら、「大自然の中だなー」ってくらいしか思わなかったかも。

- 暮らし始めて、困ることはなかったですか?

寒すぎて困った、というのはあります(笑)。店が遠いのは不便ですが、そこまでのことではないかな。今はインターネットも流通も整っているので。

- 普通に暮らす分には、そんな大変でもないですか?

ライブや映画などは、ちょっと遠くて行けないな…と諦めることはあります。でも、昨年5月に、洋服のデザインをしている友達が近くで店を開いたんです。そこでライブがあったんですが、ライブをする人と聞く人との距離が近いのは面白かったです。

- 良さも悪さもありますね。

あと、信級は水が山の水なんです。湧いているところから水道を引っ張ってきて、3~4世帯くらいが一つの水道を使っています。止まると、山に見に行かなきゃいけないんで大変ですが、自分が飲んでいる水がこれだって分かるのはちょっと嬉しいですね。

- 自分が飲んでいる水がどこから来ているのか分かるなんて、すごいですね。

以前、上水道を通す話はあったらしいんですが、断っちゃったらしくて。でも、今、皆も年をとったので、「あのとき通しておけばよかった…」って思っているかもしれないですけど(笑)。

- 集落内は、高齢者が多いですか?

若い人はほとんどいないです。50代半ばくらいの人が2人いますが、役場職員なので昼間は勤めていていないし。あとは…75歳くらいの人が若手ですかね。

- 75歳が若手…。

実は、この春に信級へ移住してくる人がいるんです。最初は違う仕事を紹介していたんですが、農業がしたいということで、とりあえずアルバイトで手伝ってもらうことになっています。僕としては、「信級玄米珈琲」を頑張って売って、雇用を生み出すことが、地域の産物でその土地の人が暮らせるようになる、ということに近づけるのではないかと思っています。

- 確かに、仕事があれば若い人も集まる気がします。

「信級玄米珈琲」は、この土地の木と米で作っています。炭の一部は田畑にまいているので、地域のものを使って、還元して、また作る、という一連の生産サイクルができています。原料の輸送費はかからないし、炭焼きの余熱を使っているので、生産工程で余計なCO2を出さないようにもなっています。

- 地球にも優しいんですね。

まあ、地球規模で考えると小さなことですけど。でも、地域にも目を向けると、事業が大きくなることで雇用も生まれ、人が入ってくる。若い人たちが来れば、また新しいことも生まれるかもしれません。信級という地域の認知度が上がれば、いろいろなものも売りやすくなっていく。今まで衰退している一方だったところに、少しでも何かが増えていけばいいなと思います。


「地域の産物が、その地域の人々の暮らしを支える」-それは、理想的過ぎて、現実とのギャップを感じるようにも思える言葉かもしれません。しかし、昔はそれが当たり前で、自然のことだったはず。淡々と、穏やかに話してくれた植野さん。その心には、山間地活性化への熱い思いが秘められていました。

PROFILE
1983年、東京都生まれ。早稲田大学院建築学科修了後、2007年に長野市信更町へ。2010年に信級へ移住し稲作と炭焼き、炭焼きの余熱を利用した「信級玄米珈琲」の生産を始める。妻と息子3人の5人暮らし。

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