信州魅力発掘人

信州に魅せられ、活動する人たちの言葉には「信州の魅力」が凝縮されています。信州の魅力を掘り下げ、それを語る「信州魅力発掘人」。山の強さ、美しさ、厳しさ、素晴らしさを知る人たちが「山の魅力」を伝えます。

山×スカイランナー vol.2

松本さんが生まれ育ったのは、群馬県・嬬恋村。自然豊かな環境と、富士登山競走にも出場するような市民ランナーだった父親の影響もあり、幼いころから近くの山に登っていたと振り返ります。

世界を知り、スカイランナーとして生きていくことを決めた

- 小さいころから、山にはよく行っていたんですか?

吾妻山(四阿山)や浅間山など、2000メートル級の山に囲まれているので、それこそコンビニへ行くような感じで(笑)。走ったり歩いたり、昔の道を見つけたり、里山を探検すると面白いんですよ。

- もともと山好きだったんですね。

中学生まではずっと、クロスカントリーをやっていました。登山は夏場のトレーニングの一環でしたが、部活だけではなくて、登山好きだった父の影響もあると思います。高校は前橋市だったんですが、スキー部がなかったので、山岳部に入りました。でもちょっと物足りない感じがして…。

- 物足りない?

普通の登山も好きだったんですが、半日で帰って来られるような距離を、重い荷物を背負って2日間かけていくというのが、ちょっとかったるい感じがしたんですよね。2日間あると、快適じゃないシーンも出てくるじゃないですか。雨が降ったり、テントが狭かったり、風呂に入れなかったり…。バーッと行って、バーッと帰ってくる、「ファストアンドライド」な登山が自分は好きなんだと思いました。

- 松本さんにとってはスピード感も大事なんですね。

実は、国体に山岳競技というものがあるんですが、高校3年生のときに群馬県の代表として出場しているんです。

- 山岳競技?

10キロくらいの荷物を背負って、山を駆け上がるという競技です。そのときは高校生なので、少年の部だったんですが、大人になってから青年の部にも出たいと思いました。大学に進んでからは、特に部活にも入らずに自転車で旅をしていたんですが、ずっと気になっていて。それで、大学2年生のときに国体に出場しました。県代表は2人いるんですが、もう1人がトレイルランニングの第一人者・鏑木毅さんだったんです。それで、いろいろ教えてもらうようになりました。

- それまでは、誰かに教わるようなことはなかったんですか?

なかったですね。カモシカを見て「やっぱり効率いい動き方してるな~」と思うことはありましたけど(笑)。それまでは、調整ってことも知らなくて、大会前日に追い込んでいましたから。本当に素人ですよね。鏑木さんからも「大会1週間前からは体を休めてね」と言われました(苦笑)。

- そうだったんですね(笑)。

2006年、大学院1年生のときに御嶽山で行われた「OSJおんたけスカイレース」に出ました。そのときに、その年のスカイランニングの世界トップ4が来日したんです。それまでは日本人選手しか知らなかったんですが、そのレースで初めて外国人選手の強さを思い知ったというか、衝撃でしたね。

2007年おんたけスカイレース。ワールドシリーズ戦として世界から強豪が集った

- 世界との差は大きかった?

レベルが全然違いました。レースも4位までは全て外国人選手が占めて、僕が5位に入りました。日本人で強いと言われていた選手がまったく敵わなかった。それで、世界で戦うってどういうことなんだろうと一気に好奇心が湧きました。その後、日本人1位だったということで、スペインとフランスの間にあるアンドラ公国で開催された「スカイレース アンドラ」に招待選手として参加したんです。

- 海外のレースはどうでしたか?

コース設定がすごくて、御嶽山どころじゃないんですよね。言ってみれば剣岳みたいな山をガーッと上ってガーッと下る。四つん這いにならないと行けないところとか、道がなくて草が生えているところとか、「何これ、道じゃないじゃん!」ってところを走っていく。

2006年アンドラ。当時の日本の山岳レースには無かった華やかな雰囲気

2006年アンドラ。世界最強のリカルド選手と。スカイランナーになると誓った

- かなりハードですね。

でも、それが最高に楽しかったんです。そのころ、ようやく日本ではトレイルランニングって言葉を耳にするようになっていたんですが、トレイルランニングとスカイランニングの違いなんて、ほとんどの人が分かっていませんでした。僕も正直、そうだったんですが、アンドラに行って、本場のスカイランニングを体験して、これだ!って。大会がまた、ラテンの雰囲気でいいんですよ。ヘリコプターが旋回して、テンションが上がって。

- その大会が、大きな転機になったんですね。

自分がこんなにワクワクできることは、他の人だってワクワクするはず、日本人だって絶対好きだと確信しました。選手としてだけではなく、間違いなく、ビジネスにもなると。これで生きていこうと決めたんです。


スカイランナーになることを決めた松本さん。その後4年間、群馬県の小学校に勤務しながら、休みを利用して世界大会に参戦するという生活を経て、2012年3月に退職。プロとして歩み始めます。

PROFILE
1983年、群馬県嬬恋村生まれ。長野県上田市在住。群馬大学教育学部を卒業後、4年間小学校教師として勤める。2012年、退職して本格的にスカイランナーとしての活動を開始。2013年、アジア人として初めてスカイランニングのアジアシリーズチャンピオンに。2013、14年、富士登山競争を連覇。2015年、スカイランニングアジア選手権優勝、ワールドシリーズランキング10位。日本スカイランニング協会(JSA)代表理事として、競技の普及にも力を入れる。

LINEで送る

このブログのトップへ