2026.08.25 [ 南信州の伝統・文化・史跡 ]
ため池の歴史(松川町部奈 入倉堤)
農地整備課のGGYです。
8/21、防災重点農業用ため池の現地調査で松川町部奈にある入倉堤へ行ってきました。
このため池は、1849年に築造(今から約180年前)され、昭和38年に改修工事がありました。近年、耐震診断や豪雨耐性評価を実施した結果に基づき、令和9年度からは調査計画を行い、令和11年度から改修工事を予定しております。




【昭和38年に造られた取水施設(斜樋)】 【ため池内の波により浸食されてた堤体】
この池のすぐ東側には、部奈井・生魂水神社があります。実はこの神社、部奈井(水路)及びため池の築造に関わった人すべてが祭神(水神)として祀られた大変珍しい神社なのです!!
看板によると、江戸後期の1844年に部奈村の人々(51軒)が伊那山脈から約12キロの水路(うち、隧道7箇所)と3か所のため池の普請に着手。水路は2年4か月後の1847年に完成、また、ため池は1849年に完成。部奈井完成後の増加石高は400石。1石は約150kg(180リットル)で、大人が1年間に食べるお米の量なので、400人分のお米が増えたことになります。


境内には、隧道掘削の苦労が石碑に記されており、岩盤が固く、諦めかけた時、2匹の白蛇が現れて、隧道が貫通したとのことです。


さらに、ため池の南側には巨大な揚水記念碑もあり、石碑の裏面には昭和12年に中部電力の生田発電所建設の際、部奈区が用地買収交渉などを引受けたり、地代の一部を負担するなどの恩恵として、かんがい用水を分け与えられたことが記されています。併せて、岩洞沢の水も県の許可を受け揚水可能になったとのことです。それ以降、水不足から解消され、水の潤う部奈に変貌し、地域の悲願が達成されたと!!


先の碑文のとおり、入倉堤(ため池)からは色づき始めた美田を一望できました!!


近くには石仏や青空をバックに咲き誇る百日紅(サルスベリ)の大樹もあり、田園地帯に花を添えていました。


黄金色に輝く稲穂の姿の裏には、こうした古くからの歴史やロマンがありました!!
この記事に関するお問い合わせ先:南信州地域振興局 農地整備課水利防災係 TEL:0265-53-0419
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