信州魅力発掘人 信州に魅せられ、活動する人たちの言葉には「信州の魅力」が凝縮されています。信州の魅力を掘り下げ、それを語る「信州魅力発掘人」。山の強さ、美しさ、厳しさ、素晴らしさを知る人たちが「山の魅力」を伝えます。

信州魅力発掘人

信州に魅せられ、活動する人たちの言葉には「信州の魅力」が凝縮されています。信州の魅力を掘り下げ、それを語る「信州魅力発掘人」。山の強さ、美しさ、厳しさ、素晴らしさを知る人たちが「山の魅力」を伝えます。

山×気象予報士 vol.1

- でも、思ったけど言わなかったんですね。

1日が終わるときに、「今日は何とか頑張れた、明日もう1日だけ頑張ろう」って。その繰り返しで何とか続けることができました。同期も先輩も魅力的な人が多くて、仲間にも支えられました。山岳部という組織に身を置いて、自分の居場所を得たような気持ちも生まれました。

- 体力的には、徐々に慣れていったんですか?

ずっと最初にバテるのは自分だったんですが、1年生の3月に、初めて他の人がバテて。槍ヶ岳に登ったときだったんですが、そのときは嬉しかったですね。それから2年生になって、高校時代にスポーツやっていた人やインターハイに出たことある人とかも入部してきて、「後輩に負けちゃうんじゃないか」って不安だったんですが、一緒に行ったらやっぱり1年生は全然ついて来られなくて。疲れ方も違うし、自分が1年で成長したんだなとそのときに実感しました。

- 辞めずに続けてきたことで、いつの間にか力がついた。

それからは少しずつ余裕が出てきて、今までずっと下しか見ていなかったのが、周りを見られるようになりました。そうすると景色も楽しめるようになってきました。

- それまではあまり、山を楽しむ余裕はなかったんですね。

岩登りもするようになりました。子どものころから崖登りが好きで、家の裏でよく遊んでいたので、手を使って登るのは向いていたんですね。どんどんチャレンジしてレベルを上げて行くと、行ける山も増えてどんどん楽しくなっていきました。

- 大学時代はもう、ずっと山岳部漬けみたいな感じだったんですか?

そうですね。先輩について行くだけではなく、自分で山行計画も立てたり、合宿でもリーダーになったり。でも…3年生の冬に、富士山で大けがをしてしまって、山に登れなくなってしまったんです。


富士山合宿中に突風で飛ばされて滑落、救助されたのは24時間以上経ってからでした。粉砕骨折と凍傷で、「足を切断しなかったことが奇跡」と言われるほどの大けがを負った猪熊さん。何度かの手術を乗り越え、回復には2年もかかりました。そんなアクシデントに見舞われても、猪熊さんの気持ちはまた山へ向かいます。

PROFILE
1970年、新潟県生まれ。1995年に中央大学法学部卒業後、登山専門旅行会社勤務を経て、気象予報士に。2011年、国内初の山岳気象専門会社「ヤマテン」を設立。日本テレビ「世界の果てまでイッテQ」の登山隊やNHK「グレートサミッツ」など国内外のテレビ、映画の撮影のサポートも。中央大学山岳部監督、国立登山研修所専門調査委員及び講師も務める。「山岳気象予報士で恩返し」(三五館)、「山岳気象大全」(山と渓谷社)など著書多数。

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