楽園信州

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<VOL.203>四季彩だより~信濃の国から~

文学の香り漂う憩いの地 ~小諸城址懐古園~(小諸市)

ひと雨ごとに肌寒さが増し、秋も佳境に入ってきた感がします。
行楽シーズン真っただ中!さまざまな秋を求めて遠出する人、近場でのんびり過ごす人、はたまた家で読書に更ける人にゴロゴロする人・・・
さまざまな人々の生活を包み込みながら、秋が流れて行きます。
今回は、文学の香りが漂う、訪れる人々の憩いの場となっている公園の紹介です。


(三の門:国重要文化財指定)


長野県東部に位置する小諸市は、雄大な浅間山の南斜面に広がり、市の中央部を千曲川が流れる詩情豊かな高原都市です。

この小諸市に、市民をはじめとして、訪れる人々の憩いの場となっているのが「小諸城址懐古園(こもろじょうしかいこえん)」です。
懐古園は、別名、白鶴城、酔月城、穴城とも呼ばれていた小諸城の跡で、現存する三の門(国重要文化財)には、徳川宗家16代当主であった徳川家達(とくがわいえさと)の筆による「懐古園」の大額が掛っています。

小諸城は、戦国時代に武田信玄が重臣の山本勘助と馬場信房に命じて城郭として整備し、その後、豊臣秀吉の家臣である仙石秀久が城の大改修と城下町の整備に取り組みました。
城郭は、浅間山の火山灰でできている丘陵と千曲川の断崖を利用した堅固な要塞でした。
また、全国的にも珍しい、城下町(市街地)よりも低地に築かれていたため、「穴城」とも呼ばれていました。
明治の廃藩置県により小諸城は城としての役割を終え、明治13(1880)年の払い下げに時に、本丸跡に神社が祀られ、「懐古園」と名付けられ、大正15(1926)年に現在の公園として生まれ変わりました。
平成18(2006)年には、「日本百名城」に選定されました。


(秋の陽に照らされ、往時をしのばせる石垣)

懐古園は、「日本さくら名所100選」に選定されており、旧城郭の馬場跡を中心に、春には、小諸八重紅枝垂(コモロヤエベニシダレ)をはじめ、ソメイヨシノなどの桜が咲き誇り、花見の時期には多くの観光客で賑わいます。
また、紅葉の名所としても有名で、赤や黄に色づいた楓の葉が石垣や歩道を覆い、春の華やかな賑わいとは、ひと味違った華やかな中にもしっとりとした風情で、観光客や憩いを求めてやって来る市民など多くの人々をそっと包み込んでくれます。


(紅葉に染まる園内)

また、古くから小諸は多くの文化人との交流の地であり、明治の文豪・島崎藤村は、明治32(1899)年に小諸義塾の英語と国語の教師としてこの地に赴任し、6年余り過ごしました。そして、その間にあの大作「破戒」を執筆、世に送り出しました。
園内には、昭和2(1927)年に有島生馬の発案により建てられた、あの「小諸なる古城のほとり・・・」始まる「千曲川旅情のうた」の詩碑(詩碑の詩は、藤村の自書)があります。

その他にも、若山牧水や高濱虚子などこの地とゆかりの深い歌人・俳人などの多くの文化人の碑などを見ることができます。

   
また、故坂本九が歌い大ヒットした「上を向いて歩こう」は、戦時中に小諸に疎開をしていた永六輔が、疎開中の懐古園での悲しい思い出から作詞したと言われています。


(長野県観光PRキャラクター「アルクマ」も!)

園内には、藤村記念館、小山敬三美術館など、芸術・文化の秋にふさわしい多くの施設が皆さんを出迎えてくれます。

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