じょうしょう気流 「上小(じょうしょう)地域」と聞いて、みなさんは長野県のどの地域を思い浮かべますか?「上小地域」は、上田市、東御市、小県郡長和町、青木村の2市1町1村からなり、群馬県の西側に接する地域です。「上小」には自然、歴史、文化、おいしい農産物など、さまざまな魅力がありますが、それらを上田合同庁舎の職員の目で見て綴り、皆さんにご紹介してまいります。

じょうしょう気流

「上小(じょうしょう)地域」と聞いて、みなさんは長野県のどの地域を思い浮かべますか?「上小地域」は、上田市、東御市、小県郡長和町、青木村の2市1町1村からなり、群馬県の西側に接する地域です。「上小」には自然、歴史、文化、おいしい農産物など、さまざまな魅力がありますが、それらを上田合同庁舎の職員の目で見て綴り、皆さんにご紹介してまいります。

信濃国分寺のハスの花と蘇民将来

その後牛頭天王は后を得るという目的を果たし、8人の王子を得て配下の者たちもかなり増えてきました。

何年かして牛頭天王は再び蘇民将来のもとを訪れます。蘇民将来は金の宮殿をこしらえるほどに裕福なものになっていました。

蘇民将来が言うには、「あなた様を御泊めしてからというもの、次々と幸運が舞い込むこととなりました。」

大福者となった蘇民将来でしたが、相手を思いやることは昔と変わってはいませんでした。金の宮殿に牛頭天王を3日間泊めたのです。

小丹長者は牛頭天王を迎え撃つ準備を整えていましたが、結局のところ一族すべてが滅ぼされてしまいました。そして蘇民将来の子孫は許されているのです。

この祭文を読んで六角柱の蘇民将来符に書かれている、蘇民、将来、子孫、人也、大福、長者の漢字の意味が理解できました。

牛頭天王とは災厄を振りまく荒ぶる神(この点はスサノオノミコトの位置付けに似ています)であり、しかしまた災厄から人々を守る神であったわけです。

となると、この信濃国分寺のご本尊が薬師如来というのも理解できます。

御堂の中が開いているときは、靴を脱いで畳に上がり、写真を撮ることもできます。(ただ、真っ暗なのできれいには撮れないのですが)

ご本尊の薬師如来は12年に一回、巳年に御開帳となります。

八日堂縁日のことはよく知っている人は多いと思いますが、夜の縁日で夜店と人出の多さで信濃国分寺の姿を見ることはできません。夏のころに訪れると意外なほど水の景色が多いお寺だということがわかります。

こんな姿だったと感動も新たでした。

境内にも蓮池があります。

 

三重の塔の姿は堂々たるものです。こうして比較すると前山寺の三重の塔はかなりスリムな姿だったとわかります。よく見ると二層目には立派な手すりがついていますね。(前山寺には手すりはありませんでした)

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