じょうしょう気流 「上小(じょうしょう)地域」と聞いて、みなさんは長野県のどの地域を思い浮かべますか?「上小地域」は、上田市、東御市、小県郡長和町、青木村の2市1町1村からなり、群馬県の西側に接する地域です。「上小」には自然、歴史、文化、おいしい農産物など、さまざまな魅力がありますが、それらを上田合同庁舎の職員の目で見て綴り、皆さんにご紹介してまいります。

じょうしょう気流

「上小(じょうしょう)地域」と聞いて、みなさんは長野県のどの地域を思い浮かべますか?「上小地域」は、上田市、東御市、小県郡長和町、青木村の2市1町1村からなり、群馬県の西側に接する地域です。「上小」には自然、歴史、文化、おいしい農産物など、さまざまな魅力がありますが、それらを上田合同庁舎の職員の目で見て綴り、皆さんにご紹介してまいります。

しあわせ信州 > 長野県魅力発信ブログ > じょうしょう気流 > 職員のみつけた情報コーナー > 上小ふしぎ発見!?(その19) 上田高校にある骨は?

上小ふしぎ発見!?(その19) 上田高校にある骨は?

 ミステリーハンター見習いのKです。




 今年の正月、信濃毎日新聞の森林再生の特集記事を読んでいて、だいぶ前にNさんから「Kさん知ってますか、上田高校に絶滅した動物の骨があるんですよ。」と言われたことを思い出しました。

 ということで、上田高校に行ってきました。
 伺ったのは生物研究室。授業でお忙しい中、山崎先生倉石先生が対応してくださいました。


 こちらにあるのは100年以上前に絶滅したといわれるニホンオオカミの頭骨です。
 上田市の文化財に指定されているためでしょうか。綿の敷かれた桐の箱に納められています。

 この骨は、明治12年(1879年)ごろ上田市と東御市境にある烏帽子岳の山麓で捕獲されたもので、昭和14年(1939年)に上田高校(当時は中学校)に寄贈されたそうです。

 その後、昭和36年(1961年)に日本哺乳類学会の創立者の一人で、国立科学博物館の今泉吉典博士の鑑定により、ニホンオオカミと同定されました。

 2008年には、京都大学名誉教授の茂原信生(しげはら のぶお)博士も調査に訪れ、生後1年以内の個体で、メスの可能性が高いとする報告をされています。

 ご覧のとおり全体にこげ茶色をしていますが、これは残っていた脂が変色したためとのことですが、その色がかえって牙(犬歯)の白さを際立てています。
 歯は上顎下顎とも全てそろっていますが、下顎の2本の犬歯の先端に破損が見られます。茂原博士によると、これは捕獲時あるいは死後に破損したもののようです。

 また、この骨は岐阜大学の石黒直隆教授によるミトコンドリアDNA分析の試料にもなっており、ニホンオオカミの遺伝学的研究に貢献しています。

 そして、上田高校は、同じようにニホンオオカミの頭骨を所蔵する石川県立七尾高校と平成11年から姉妹校の交流を行っています。

 左の写真はわかりにくいですが、頭骨を後方から撮ったものです。

 さて、ニホンオオカミですが、頭胴長95~114cm、尾長30cmとオオカミの中では最も小さく、四肢と耳が短いことが特徴で、東北地方から九州までの山地に生息していました。しかし、明治38年(1905年)に奈良県東吉野村鷲家口(わしかぐち)で捕獲された若いオスが最後の生息情報とされています。

 上田小県誌には「1900年前後にオオカミが急激に減少し、1920年には絶滅」とありますから、上小地域は我が国でも遅くまでオオカミが生息していた地域だったようです。

 東吉野村鷲家口のオオカミですが、アメリカ人のマルコム・P・アンダーソンに買い取られた後、毛皮にされ、現在、頭骨とともにロンドン自然史博物館に所蔵されています。このとき通訳兼助手として同行した第一高等学校の学生、金井清は上諏訪生まれで後に諏訪市長を務めた方です。こんなところでも長野県人が活躍していたんですね。

 ニホンオオカミのはく製標本は、国内に3体(国立科学博物館・東京大学農学部・和歌山県立自然博物館)、海外ではオランダのライデン自然史博物館に1体、合計4体だけだそうですが、毛皮や頭骨は比較的多く残っていて、県内でも上田高校のほかに下伊那郡天龍村にも頭骨があるそうです。

 ニホンオオカミの遺骸は、魔除けや憑き物落としに用いられていたようですし、下顎の先端部の骨を加工して根付にしたものも残っています。特に頭骨は魔除けとして旧家の屋根裏に安置されていたようです。

 最近、天龍村では新たに頭骨が2つ発見されたようです。あなたのお宅にもニホンオオカミの骨や毛皮が残っているかもしれませんよ。

長野県上田高等学校はこちら↓↓↓
住所:上田市大手一丁目4-32
電話:0268-22-0002(代表)

1 2

このブログのトップへ