2026.01.29 [ 北アルプス地域の歴史・文化・暮らし北アルプス地域の食文化・味 ]
【孤独のブログ第2話】松川村の田んぼのど真ん中、昭和が取り残された『たぬき食堂』。「こういうのでいいんだよ」ラーメンと、ソースカツ丼の罠とは。
【序章:迷い込む】

(……松川村の、どこまでも続く田園風景。北アルプスの山々が、まるで壁のように眼前にそびえ立っている)
「……本当に、こっちでいいのか?
右を見ても左を見ても、一面の田。
道を間違えたか? いや、看板は確かにこの先を指している。
」
「……風が、冷たい。
東京とは、空気の匂いが違う」
(田んぼの向こうに、小さな店の看板が見える)
(車を停める。エンジンを切る。静寂)
「……あれか」
(突如として視界に飛び込んでくるカオスな店構

カオスな外観に圧倒される
え。大量のたぬきの置物と、時代を飛び越えたホーロー看板が俺を睨んでいる)
「……たぬき。たぬき、たぬき。店中たぬきだらけじゃないか。
オロナミンCにキンチョールの看板……昭和の忘れ物たちが、ここで息を吹き返しているようだ。」
「普通なら引き返すべきところだが、どうにも胃袋がこの異彩を欲している。
ここまで来たんだ、化かされる覚悟はできている。」

壁一面を埋め尽くす、狂気すら感じる手書きメニューに圧倒される
【第一幕:メニューとの対峙】
「……なんだこれは。店主の独り言が、いや、叫びが、壁から溢れ出しているぞ。
まるで俺に向かって『覚悟はいいか?』と問いかけているようだ」
『パートさんに質問しないで下さい。パートさんがなき出すので』
『ゴジラのえさ Ⅱ 950円』
『たぬきのおやじのハゲ頭 900円』
「……どんな過酷な質問が飛んでくるんだ? ここのパートさんは繊細すぎる……。
ゴジラのえさのⅡ。ということはⅠがあるのか?
そして、ハゲ頭。もはや料理名ですらない……」
「セットメニュー……A、B、C、D。全て900円。

ラーメンと、ソースカツ丼。ラーメンと、カレーライス。
……どれもラーメンが付いてくるのか。この村の主食は、ラーメンなのか?」
「それにしても……ソースカツ丼、か」
【第二幕:常連との遭遇、そして色紙の警告】
「……ん? あの色紙は……」

ふつうと言ってるし、大丈夫だろう…たぶん
「……なんだ? あれは。 仰々しい額縁に入っているから、何かの表彰状かと思えば……」
『うちの食堂はなんのこだわりも、とりえもない。ただふつうの食堂です。お口に合わなかったらすみません。』
「……『こだわりも、とりえもない』
『ただふつうの食堂です』……か。外見はあんなに騒がしいたぬきの森で、メニューには『ゴジラのえさ』なんて不穏な名前が並んでいるが……。 店主自ら、ここは『ふつう』だと言い切っているんだ」
「ああ、そうか。
店構えやメニューの張り紙がどんなに風変わりだろうと、根っこは『ふつう』の食堂。
だったら、味の方もそんなに突飛なことにはならないはずだ。」
「よし。信じよう。俺の胃袋を静かに満たしてくれる、真っ当な『ふつう』が、ここにはあるはずだ」
(そのとき、隣の席から声がかかる。地元の常連客らしき作業服のおじさんだ)
「あんちゃん、この店ははじめてか。……大丈夫かい?」
「え? ……ええ」
(……何が大丈夫なんだ?…でも、色紙にはふつうって書いてあったしな。大丈夫だろう。
……いや、待てよ。
まさか、この店の『普通』は、世間一般の『普通』とは違うのか?)
(……ふん。まあいい。大衆食堂の味ならどんとこい、むしろ歓迎だ)
【第三幕:ソースカツ丼への思索】
「……ソースカツ丼。
福井、群馬の桐生、長野の駒ヶ根、そして会津……。
各地にそれぞれの『ソースカツ丼』がある。
だが、どれも共通しているのは、『卵でとじない』ということだ」
「カツ丼といえば、普通は玉子でとじたものを思い浮かべる。
だが、ソースカツ丼は違う。揚げたてのカツに、直接ソースをかける。
あるいは、ソースにカツをくぐらせる。
……シンプルだ。だからこそ、ごまかしが効かない」
「ソースの味、カツの揚げ具合、ご飯との相性。
全てがバランス良く揃わなければ、成立しない料理だ。
……さて、この店のソースカツ丼は、どうなんだ?」
「それに、ラーメンも付いてくる。
セットメニュー、900円。
……いくらなんでも安すぎないか?」
「……まさか、な」
【第四幕:運命の到着】
(ドォォォォォン! と、店員が両手で運んでくる。ラーメンとソースカツ丼。どちらもフルサイズ。そして、小鉢)
「……」
「……おいおい。待て待て。
ラーメンも、ソースカツ丼も、どう見てもフルサイズじゃないか。
セット用の”ミニ”という概念は、この村の辞書には存在しないらしい」
「……いや、違うな。
この店にとって、『腹八分目で帰す』という選択肢こそが、存在しないんだ。
なんという、押しつけがましい優しさだ」
「……それに、小鉢まで付いてくる。
この花形の器、妙に可愛らしいじゃないか。
……いや、可愛いとか言ってる場合じゃない。この物量をどうする」
(常連客、意味ありげに笑う。気づかなかったふりをする)
【第五幕:実食 – ラーメン】
「まずは、ラーメンから攻めるか。
……いや、『攻める』という表現が正しい。これは戦いだ」
(ズズッ……)
「……ああ。これだ。
醤油の香りが鼻を抜ける、昔ながらの正統派。
チャーシュー、メンマ、ナルト。余計なものは何もない」
「いいじゃないか
こういうのでいいんだよ
こういうので」
(ラーメンを半分ほど片付ける)
【第六幕:実食 – ソースカツ丼】
「さて、次はソースカツ丼だ。
……見た目は、ソースが掛かっていないように見えるが」
(カツを箸で持ち上げる。表面は乾いているように見える)
「なるほど、この店は卓上にあるソースを自分でかける方式なんだな」
(ソースをかける)
(サクッ……)
「……」
(黙って噛む。カツの繊維が歯で切れる感触)
「……歯に、しっかりと肉の抵抗がある。
衣の油が、舌の上で溶けていく」
(ゴクリ……)
「……喉を通る。熱い。
胃の中に、重たい塊が落ちていくのが分かる」
「カツは薄切りのロースで、衣はサクサク。
ソースは……あれ? 思ったより味がしっかりしてるな」
「……ん?」
(ご飯を持ち上げると、茶色く染まったご飯が姿を現す)
「……なるほど! そういうことか!
ソースは、カツの下、ご飯にたっぷりと染み込ませてあったんだ。
カツの表面には最小限のソースしかかけず、ご飯で味を調整する方式か」
「……まいったな、追いソースをしてしまった。
ご飯がソースに溺れてしまいそうだ。
いや、たぬきに化かされたんじゃない。
俺の勝手な思い込みに、俺自身が化かされただけだ」
【第七幕:小鉢という救世主】
(ラーメンとカツ丼を交互に食べ進めるが、次第にペースが落ちてくる)
「……ラーメン、カツ丼、ラーメン、カツ丼。
この繰り返しが、意外と悪くない。
ラーメンのスープが、カツの油をリセットしてくれる」
「……だが、さすがに量が多い。
カツ丼の甘辛いソースと、ラーメンの醤油味が、口の中で混ざり始めている。
……ちょっと、きつくなってきたな」
(ふと小鉢に目をやる)
「……そうだ。この小鉢があったじゃないか」
「……(シャキシャキ……)。
ああ。この、さっぱりとした酸味。
甘酢で和えられた大根ともやし、人参が、疲れた舌を癒してくれる」
「……なるほど。この小鉢、ただの付け合わせじゃない。
この物量を完食させるための、店主の計算か。
いや、計算というより……親心、か」
「最後にデザートのりんごだ」
【第八幕:完食への道】
「……ふぅ。何とか……何とか辿り着いた。
ラーメン、完食。カツ丼、完食。小鉢、完食」
「常連客の『大丈夫かい?』の意味が、今ならよく分かる。
これは、『完食できるか?』という意味だったんだな。
……そして、色紙の『ふつう』という言葉の意味も」
「この店の『ふつう』は、世間一般の『普通』の1.5倍はある。
いや、2倍か? ……とにかく、多い」
(最後の一口。箸を置く)
「……」
(しばらく動かない。ただ座っている)
「……ふぅ。勝った……いや、完敗だ」
【エピローグ:たぬきの正体】
(店を出る。北アルプスを見上げる。1月の空気は冷たいが、腹の底から温かい)
「……ラーメン、ソースカツ丼、そしてこの圧倒的なボリューム。
これだけ食わせて、セットで900円か。……安い。安すぎる」
「この価格、この量。
それは、店主――いや、この地の農家の『たぬきおやじ』の心意気そのものじゃないか。
『腹一杯食っていけ』。
言葉にすれば野暮なその想いを、店主はたぬきの置物や奇妙なメニューの裏に、そっと隠していたわけだ」
「……そして、あの小鉢。
一見地味な脇役が、完食への道を照らしてくれた。
不器用な、心遣いじゃないか」
「たぬき食堂。
店構えのカオスに惑わされたが、その実体は、
訪れる旅人の心と胃袋を真っ向から受け止める「不器用な愛の結晶」だったな」
「さて、腹ごなしに少し歩くか。
次は……次は単品にしよう。
……いや、きっとまたセットの誘惑に負けるんだろうな、俺は」
「……ふっ。たぬきに化かされるのも、悪くない」
(満足げに微笑みながら歩き出す。完。)
【店舗データ:たぬき食堂】
「看板は骨董品、メニューは警告文。カオスな外観にたじろいだが、中身はどこまでも真っ当な『日本の食堂』だった。
こういうのでいいんだよ、こういうので。
追いソースの罠も、店主の『ふつう』という名の照れ隠しに免じて、笑って飲み干すとしよう。」
- 住所:長野県北安曇郡松川村反川1811−3
- 電話番号: 0261-62-5145
- 営業時間: 11時30分~13時30分、17時00分~19時00分
- 定休日: 月曜日
- 食べたもの: セットメニューA(ラーメンとソースカツ丼) 900円(税込)
- アクセス: 安曇沓掛駅から車で5分。田んぼに落ちないように注意。安曇野の広大な風景に惑わされるな。
- 駐車場:白線なんて引いていない潔さ。野性味あふれる駐車が、この店へのプロローグだ。
- 備考:セットメニューは驚愕のボリューム。ソースカツ丼はカツの下のタレを確認してから動くのが、大人の作法だ。
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