2011.03.08 [那美屋織物(飯田市) 小栗弘平さん]
地域に育まれ伝承されてきた織や布にこそ日本の心や美の姿がある
信州紬の伝統工芸士・小栗弘平さんの自宅には「小栗織物研究所」の看板がかかっています。飯田の絹織物の保存や活性化に向けて、情報収集しながら新製品開発など研究を進める小栗さん。仕事を始めて60年経った今でも「織物への愛着は年々高まっている」と話します。インタビューの2回目は、小栗さんの絹への思い、織物への思いを伺います。
地域に育まれ伝承されてきた織や布にこそ日本の心や美の姿がある
これまでも取材などで話をしているんですが、私は警鐘を鳴らしているんです。このままじゃ絹はダメになる。和装という狭い分野の絹のことではなくて、天然繊維としての絹の話です。
よく、食べ物で健康になるって言いますけど、私は綿・毛・麻、そして絹といった天然繊維にもおのずからそういうものが宿っていると思っています。長野県は山岳信仰があって、御嶽山があって、薬の「百草」だって、キハダ樹皮から抽出されたオウバクエキスを使ったものでしょう。そういう自然のものには力が宿っている。でも、天然繊維の力に我々は気が付かなかったというか、甘んじていた部分があるように思います。それではいけない。
今はご存知の通り、合成繊維が中心ですよね。昭和60年頃から平成に入るともう完全に合成繊維の時代で、そのころは廃品回収などで、古布は片っ端から捨ててしまいました。その中には、もったいないようなものもたくさんあったのに。
-小栗さんが古布に注目しはじめたのはいつごろからですか?
私自身が家にある古布の価値に気が付いたのは、昭和40年代の半ばごろです。家で使っていたこたつの下掛けを分離して整理していたところ、素晴らしい織物が約30裂(きれ)以上も見つかりました。仕立て残りの裂や織端などが使われていて、祖母や祖父が着ていた物、家で織った裂、母の若いころの着物、父の実家の母が織った男物…。中には天蚕(やままゆ)を使った裂までありました。こういうものは、そのまま我が家の生活、歴史、地域の風土や文化、織物の歴史などを彷彿とさせる貴重な資料、財産なんです。
それに気が付いてからは、大切に保存しています。日本古布保存会代表をしていた故・奥田和男先生が古布や裂を裏張りにして、掛軸として永久保存できると説いていて、妻がこの方法を習得したので、掛軸にして保存するようにしています。
1998(平成10)年には「唐草模様展」という展示会を開きました。家にあったものだけでなく、廃品業者の荷物から掘り出したものなども含めて30点余りを展示しました。
-お客さんはどんな反応でしたか?
見に来てくれた人は「昔はうちにもあった」などと言っていましたよ。今の時代は、家のどこか片隅に眠っているか、処分されていることが多いのでしょうが、何とかならないかと思います。価値がわからないからなのでしょうか…。各々の地域に育まれ伝承されてきた織や布にこそ、各々の地域の心が反映し、日本の心や美の姿があるのだと思います。粗雑に扱われている現実を残念に思うし、我々の先祖の残した毎日の生活そのものの布、一番身近にある、あった布、各家庭の歴史を物語る布を大切にする社会であってほしいと思います。
今年は「絹復活」の年に
-今はどんなことに力を?
今は「フィブロイン」(絹糸を構成するおもな繊維タンパク質)について研究しています。コーティングすると張りのある糸になるんですが、薬品を熟知していないとなかなか難しいですね。今は、いろいろ入れては試している感じです。雲母を入れてみたことはあるんですが、それはダメでした。2008年にノーベル賞を受賞した「光るクラゲ」があったでしょう?あのDNAをこの中に入れたいとかいろいろ考えてはいるんですが…。とにかく、絶えず試行錯誤しながら、研究しているんですけどね。まだ自分の思うような展開にはなっていないというのが現実です。
「はごろも21」
あとは極細糸を織り上げたストール「はごろも21」ですね。天蚕独特の淡い緑色をした「てんさんシルク」、インド・アッサム地方のみに生息するムガ蚕を使った「むがさんシルク」、細線度蚕品種・あけぼので染色性の良い白色の糸を染料で染め上げた「あけぼのシルク」の3種類があります。糸に酸化チタンなどを含浸させて紫外線を防ぐ機能を持たせるなどの工夫をしています。
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