時代が移り変わり、食文化の西洋化や外国産ワインの輸入自由化の影響をうけ、1975年にはテーブルワインが甘味葡萄酒の消費量を上回るなど本格ワインが求められるように。当時、桔梗ヶ原でそれぞれ500〜600軒のコンコード農家を抱えていた大黒葡萄酒(現在のメルシャン)やサントリーなどの大手メーカーも、甘味果実酒の衰退に頭を抱えていました。
産地もメーカーも次なる展開を模索していたある日、当時の大黒葡萄酒 工場長の浅井昭吾さんが林さんの元に、コンコードに代わる欧州系品種栽培について相談に訪れます。20年近くこの地におけるメルロ栽培を試行錯誤してきた林さんは「桔梗ヶ原で欧州系品種であれば、メルロしかない」と答えたそう。その後、大黒葡萄酒は6,000本ものメルロを傘下の農家に無償で配布するなど、一気にメルロの産地化を推進。1976年には桔梗ヶ原で本格的なメルロ栽培がスタートし、新たなステージに入っていきました。

「初めての試みなのであれば、試験的に栽培を行い徐々に増やしていくのが常道ですが、そんな悠長なことを言っていられない状況だったんでしょうね。本当にすごいことをやるなぁと驚きましたし、体験談の共有や栽培指導など、私なりの協力は惜しみませんでした」と林会長は懐かしそうに当時を振り返ります。
1989年には国際的にも権威あるワインコンクール「リュブリアーナ国際コンクール」において、1985年に収穫した桔梗ヶ原のメルロから作られた「シャトー・メルシャン 信州桔梗ヶ原メルロー1985」が大金賞を受賞し、世界にも通用するワインだということが証明されました。この他、2003年に始まった国産ワインコンクール「日本ワインコンクール」の第1回において、受賞ワインの70%のワインの原料が長野県産との結果に。特に桔梗ヶ原産が多く、高品質なワインブドウ産地として、日本中にその名が広まりました。

「“テロワール”と言いますけれども、その地に合った品種が自然に残るんです。かつてこの地ではメルロは育たないと言われてきましたけれども、これだけ良いブドウができ、評価されているのは、ダメだといわれた要因の火山灰土の酸性土壌や、恵まれた日照時間、少ない雨量や、昼夜の寒暖差といった、この地の風土に適していたからなのでしょう。だから長野はワインづくりには適した地なのだと思う」と林会長は自信を持って話します。
世界に通用するワインを1種類でもいいので作りたいという、一醸造家の思いから始まった桔梗ヶ原におけるメルロ栽培。その裾野は年々広がりを見せ、世界でも認められる銘醸地に向けた歩みを進めています。
※この記事は2022年7月時点の情報です。取扱商品等は変更になっている場合がございますので、ご了承ください
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