信州魅力発掘人

信州に魅せられ、活動する人たちの言葉には「信州の魅力」が凝縮されています。信州の魅力を掘り下げ、それを語る「信州魅力発掘人」。山の強さ、美しさ、厳しさ、素晴らしさを知る人たちが「山の魅力」を伝えます。

二地域居住×山の日サミット vol.1

2つの地域に生活拠点を持つ「二地域居住」。近年、人気も高まりつつあります。

2015年4月から東京と長野県富士見町の二地域居住を始めたRoute Design合同会社代表の津田賀央さん。週の半分は東京でサラリーマンとして働き、もう半分は同町のテレワーク&コワーキングスペース「森のオフィス」を管理運営しながら、「新しい働き方」の提案も行っています。さらに、自然環境への取り組みについて考える「山の日サミット」を昨年、原村で初開催。いつもは「働き方」「移住」について聞かれることの多い津田さんに、今回は山のことを伺います。

山を消費するのではなく、山に寄り添う暮らしをしたい

- 津田さんは、アウトドアWEBマガジン「.HYAKKEI」のライターもやっていらっしゃいます。もともと山好きなんですか?

山に登り始めたのは20代後半くらいですね。ただ、中3の終わりまでアメリカ・シアトルの郊外に住んでいて。今、シアトルっていうとスターバックスやマイクロソフト本社などで有名ですが、当時はただの田舎という感じでした。アメリカの北西部、カナダとの国境のすぐ近くで、もう何もないというか…。遊びに行こうっていっても、自転車で1時間くらいこいで、やっとゲームセンターが見えてくる、みたいな。

- シアトルって、そんな場所だったんですね。

でも、景色は本当に素晴らしいところでした。裏山へ行ったり、マウンテンバイクに乗ったり、冬はスキーをしたりして遊んでいましたね。僕が自然に惹かれるのは、そういう幼少期の思い出が頭の中に焼き付いているからだと思います。

- でも、日本に帰ってきて、登山に行くようになるまでにはちょっと時間がありますよね?

高校生くらいから日本にいますが、特に意識してなかったというか…。大学は環境情報学部で、環境関連の授業も多かったんですが、20代前半~中盤は、都会で遊んでばっかりでした(笑)。

- じゃあ、一度都会の遊びを経験して、また自然のほうへ。

そうです。登山をするようになってから、「あ、そもそも好きだったな」って。

- でも、そこから二地域居住っていうのはハードル高そうです。仕事や家族のこともあるし…。

僕の場合は、家族も住みたいと言ってくれたので。でもやっぱり、子どものころの記憶が大きかったと思います。「遊びに行きたい」じゃなくて「暮らしたい」という気持ちがあった。「生活レベル」で山や自然を意識したい、山と寄り添う暮らしがしたいという思いがありました。

- ときどき、じゃなくて日常として。

「山を消費する」のではなくて、暮らしの中で、もっと関わりたいという感じですね。

- この場所、八ヶ岳っていうのは何かあったんですか?

キャンプに来て、楽しかったし、東京からのアクセスも良かった。中央道でまっすぐ行けば着くという親近感がありました。あとはもう、長野って有名な山が多いよね、八ヶ岳っていい響きだよね、くらいです。

- 意外と軽い感じで(笑)。

でも、前に勤めていた広告代理店を辞めるときに、最後3週間ほど有休を取ったんですが、5日間くらい八ヶ岳の唐沢鉱泉にこもったんです。それがすごく良くて。そのときに「八ヶ岳=いいところ」という刷り込みがされたのかもしれません。

- 実際に来てみて、どうでしたか?

来てみたら八ヶ岳の抜けのある感じがちょっとアメリカみたいだなって思いました。最初はそんなこと感じなかったんですけど。

- じゃあ、来てからは自然も山も満喫しながら。

それが思った以上に、山に行けない。結局、「森のオフィス」をオープンしてからは仕事で皆を連れて山へ行って戻ってくる、くらいしかできていないんですよ。向こうに住んでいたときは、月に1回必ず行っていたのに(苦笑)。

- まさかの、長野に来てからのほうが山に行けない状態。

おっかしいなあ…と思いながら。あ、でも、去年はスキーを2、3本、スノボも2、3本滑ってからここを開ける、というのを1回だけやりました。それはすごく良かったです。めちゃくちゃ目も覚めましたし(笑)。


残念ながら登山に行く回数は減ったものの、「森のオフィス」のスタッフと「山の日サミット」を企画した津田さん。昨年7月に開催した同サミットには県内外から約1500人が参加しました。次回は同サミットの発案者で、富士見町の地域おこし協力隊・松井彩香さんも交えて、お話を続けます。

PROFILE
神奈川県生まれ。幼少期はアメリカ・シアトルで過ごす。2001年、武蔵工業大学環境情報学部を卒業後、大手広告代理店に勤務。2011年末、電機メーカーに入社。移住を考え始めたころに富士見町の「テレワークタウン計画」を知り、「自分自身も移住したいし、この計画をプロデュースさせてほしい」と役場にメール。その流れで2015年から東京と長野県富士見町の二地域居住をスタートさせ、Route Design合同会社を立ち上げる。趣味は山と音楽。2児の父。

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