じょうしょう気流 「上小(じょうしょう)地域」と聞いて、みなさんは長野県のどの地域を思い浮かべますか?「上小地域」は、上田市、東御市、小県郡長和町、青木村の2市1町1村からなり、群馬県の西側に接する地域です。「上小」には自然、歴史、文化、おいしい農産物など、さまざまな魅力がありますが、それらを上田合同庁舎の職員の目で見て綴り、皆さんにご紹介してまいります。

じょうしょう気流

「上小(じょうしょう)地域」と聞いて、みなさんは長野県のどの地域を思い浮かべますか?「上小地域」は、上田市、東御市、小県郡長和町、青木村の2市1町1村からなり、群馬県の西側に接する地域です。「上小」には自然、歴史、文化、おいしい農産物など、さまざまな魅力がありますが、それらを上田合同庁舎の職員の目で見て綴り、皆さんにご紹介してまいります。

蚕都上田の象徴 上田紬の巻

 地域政策課のYです。

 蚕糸業が盛んだった上小地域。その当時を思い出させるような施設の紹介。今回は、上田紬です。前回までのブログ → 蚕種業  製糸業

 「紬」は、生糸にすることができない屑繭を真綿にして紡ぎ出した糸で織る織物です。上田紬は、江戸時代初期から始められたと言われています。この地域は、江戸時代から明治、大正、昭和にかけて蚕種(蚕の卵)業が盛んで、繭は豊富に生産されていたこともあり、井原西鶴の日本永代蔵にその名前が登場するくらいに、全国的にも有名でした。
 江戸時代初期には、縦糸も横糸も紬糸で織られていたようですが、今は、横糸に紬糸を使い、縦糸は生糸なんだそうです。
 今はなかなか着物を着なくなり、紬工房も上田で6軒ほどだとか。少なくはなりましたが、やる気に満ち溢れた方々が、いろいろ工夫しながらがんばっています。今回は、そうした中の2つの工房を紹介します。


 まず、上田市と坂城町の境近く、上塩尻地区の北国街道沿いにある小岩井紬工房です。塩尻地区は、上小地域の仲でも、江戸時代から蚕種業がたいへん盛んな地区で、小岩井さんも江戸時代中期から昭和の初期までは蚕種業を営んでいて、その後織元になったとのことです。
 古い構えの工房に入ると、何台もの織機が並んでいます。ここで織っているんですね。小岩井さんは手織り一筋。機械は見たところ年季が入っていそうですが、これでずっと手織りのすばらしい着物などを作ってきたんですね。30~40分ほどでできる花瓶敷き作りの体験や、工房に通ってくる機織教室もあります。

 玄関の方に戻ってくると、廊下の横では染めた糸が棒にぶら下がっています。染めも自分のところでやっているんですね。
 奥の畳の部屋はギャラリーになっていて、着物や反物のほか、ネクタイや財布などの工芸品もあります。
 ブログの一番最初の写真は、この工房の若き専務小岩井良馬さん作の「訪問着 街のあかり」です。グラデーションがかかったとてもきれいな色合いです。格子のイメージの強い「紬」ですが、いろいろチャレンジしているんでしょう。小岩井さんは「着物で街に出かけよう」というプロジェクトをやっていたり、上田が舞台の一つになっているテレビドラマの染織指導や衣装協力をするなど、いろいろな手法で上田紬の振興を図っています。


 2軒目は、上田市常田、わが合同庁舎からも近いところにある藤本つむぎ工房です。ここは、2階建ての建物で、1階が工房、2階は、「コワーキングスペース ハナラボ」(こちらのブログで紹介しています)や、タイの民芸品を販売している「まいぺんらい」などが入っています。
 この工房は、上田市の塩尻地区で江戸時代から蚕種業を営み、代表的な存在だった「藤本蚕業」の絹業部(織物部門)として、昭和2年(1927年)に設立されました。その後分社化をして、現在の工房は、8年前の平成16年(2004年)に開設されたとか。
 中に入ると、奥の方では機織機が並んでいて、この日は体験が行われていました。その手前は、広いスペースに着物や反物、帽子や洋服、小物などが並んでいます。最初の写真のお人形「上田紬人形」はここで見つけて購入したものです。

 営業部長をしている、ここの代表取締役の子供さんの佐藤元政さんも、小岩井良馬さんと同様、いろいろな取組みをしていて、学生による商品開発のワークショップをやったり、ファッションデザイナーと協働した商品開発、家具製作など他業種への素材提供などを手がけています。

 小岩井さんや佐藤さんなどにがんばっていただき、新たな取組みも含め、上田紬の伝統を引き継いでいっていただきたいものです。

 なお、ネクタイや財布などおみやげに良さそうな小物は、上田城跡公園横の「上田市観光会館」でも売っています。

  ↓↓↓ お店の場所はこちら ↓↓↓


小岩井紬工房
 住所:上田市上塩尻40
 電話:0268-22-1927
 地図:

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