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何で馬頭観音(ばとうかんのん)が多いの?【庚申塔のつづき】

庚申塔のつづきです
 
 旧集落の道筋には石仏(自然石に刻まれた仏様)がよく見ることができます。仏像には、如来、観音菩薩あるいは金剛など様々ありますが、石仏にはなぜか「馬頭観音」が多く目につきます。それには訳があります。
 諏訪地域には他の地域と比べて石仏が少ないように思えます。石塔や石仏などは民間信仰に由来しますが、諏訪地域は「御柱」信仰の関係から少ないのではないかとも思います。


やっと見つけました 
 諏訪市の湖南地区に残されていた馬頭観音の石仏をようやく見つけました。写真ではちょっと判りにくいのですが、「馬頭観世音」という文字が刻まれています。以前は道筋にあったものでしょう。台座がなくなり本体だけが捨てられずに残っています。





これもやっと見つけました 
 諏訪市四賀普門寺地区に立てられている馬頭観音像(右の小さい仏像:拡大写真)です。顔の部分が欠けていますが形態から馬頭観音と判断できます。左の大きな石碑には「南無阿弥陀仏」と刻まれています。


◆なぜ「馬頭観音(ばどうかんのん)」? 

 「馬頭観音」とは、六観音(ろっかんのん)※の一つで、馬頭観世音(ばとうかんぜおん)とも呼ばれます。
 頭の上に馬の頭をいただいていることから、六道(ろくどう)※の一つの畜生(ちくしょう)界を済度(さいど)※するといわれ、馬の守護神として昔から広く信仰されています。
 観世音菩薩三十三化身(かんぜおんぼさつさんじゅうさんけしん)※の内、唯一忿怒(ふんぬ)の相をしています。第三の目も持ち、普通は三つの顔(三面)で、腕は二つまたは八つ(二臂(にひ)・八臂(はっぴ))もっています。
 怒りが強ければ強いほど馬頭観音の人を救う力が大きく、また馬は大食であることから人々の悩みや苦しみを食べ尽くすといわれています。
 馬の頭を頂いた観音様の姿を見て、馬とともに生活する当時の人々が、馬の無病息災を祈る民間信仰が生まれ、農家では農耕馬の、馬の産地では生まれ育つ仔馬たちの、そして馬によって稼いでいた人々にあっては馬と歩む道中の安全を祈ったり、死んでしまった馬の冥福を祈ったり、そんな理由で馬頭観音は作られたといわれており、身近な馬の存在と信仰がマッチして馬頭観音が多いといわれています。

◇「六観音」と六道の関係
  六観音→六道
・聖(しょう)観音→地獄
・千手(せんじゅ)観音→餓鬼(がき)
・馬頭観音→畜生
・十一面観音→阿修羅(あしゅら)
・天台宗では不空羂索(ふくうけんさく)観音、真言宗では准胝(じゅんてい)観音→人間
・如意輪(にょいりん)観音→天上


六道(ろくどう)とは、仏教において死後に別の存在として生まれ変わること(輪廻転生という。)。迷いある世界は6種類あるといわれる。六道からは観音様の導きにより救われるとされ、それぞれの観音様が当てはめられている。
※「三十三観音」とは、この法華経の所説に基づき、中国及び近世の日本において信仰されるようになったもの。観音像には基本となる聖観音(しょうかんのん)の他、変化(へんげ)観音と呼ばれる様々な形の像がある。
※仏が、迷い苦しんでいる人々を救って、悟りの境地に導くこと。


 馬頭観音の石仏のほかに上記の観音を稀に目にすることができます。昔の人は観音様に救いを求めたり、家族の無病息災を願うなど、それぞれの思いで石仏を立てたのでしょう。道路の改良や宅地開発で石塔、石仏は姿を消してしまったものもありますが、公民館の敷地や交差点などに移動され、まとまって立てられているケースを目にすることができます。

 さらに次のブログにつづきます。

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