信州魅力発掘人

信州に魅せられ、活動する人たちの言葉には「信州の魅力」が凝縮されています。信州の魅力を掘り下げ、それを語る「信州魅力発掘人」。山の強さ、美しさ、厳しさ、素晴らしさを知る人たちが「山の魅力」を伝えます。

高校教諭×山岳部 vol.1

今回、ご登場いただくのは長野県大町岳陽高等学校教諭・大西浩さん。山岳部の顧問でもあり、長野県山岳協会の理事長も務める、まさに「登山の先生」です。山岳部がある高校は、県内で20校ほど。いったいどんな活動をしているのでしょうか?

登山を通じて、高校生に夢を与えたい

- 山岳部の部員は何人くらいなんですか?

今は、1、2年生だけで20人を超えています。女子も結構いて、1年生は女子6人、男子8人です。最近、山岳部に入りたいっていう生徒は増えてきていますね。

- 先生はもともと、山岳部出身で?

高校時代は、バスケット部でした。でも、ちょうど隣の部室が山岳部で、いいなとは思っていました。1年生のときの担任の先生が山好きで、クラスで連れていってもらいましたね。だから、ずっと身近には感じていました。大学は信州大学だったんですが、ずっと常念小屋でアルバイトをしていましたし。

- 夏休みにですか?

年間でいうと、100日くらいは登っていたかな。週末、授業が終わったら山へ行って、月曜日の朝に下りてきて。「常念小屋から大学へ通っている」と言われていました(笑)。

- それで、先生になってから山岳部の顧問に?

最初に赴任したのは飯田の定時制高校だったんですが、そこではバスケット部の顧問をしていました。山岳部はなかったんです。

- じゃあ、先生になってからは、少し山とは離れた感じに?

それが、高校時代に山に連れていってくれた恩師もそうなんですが、こういうことは出会いというかタイミングが大事で。ここでも出会いがあったんです。長野県山岳協会の副会長をしていた人が同じ高校の、しかも同じ国語担当で、隣の席になって。山の話をしたら、一緒にやろうということになりました。

- その先生との出会いがきっかけに。

当時、1980年代は県山岳協会が中国の登山協会と友好協定を結んで、登山技術の交流を始めた時期でした。中国から来た人たちに技術を教える、中国へ行って高山へ登る、ということを1年おきにやっていました。1980年は新疆ウイグル自治区にあるボゴダ峰へ、82年には中国・青海省にあるアムネマチンへ。

- 山岳協会がそんなことをやっていたんですね。

実際に行った先生たちは、登山技術を身につけるだけではなく、麓の生活にも触れる。向こうの子どもたちは、一生懸命に仕事をしたり、泥まみれになって家の片づけをしたりしているそうなんです。日本へ戻ってきて、学校でそういうことを生徒たちに伝えるんですが…やっぱり生で見るのとは違う、だったらもう連れて行っちゃえ!と。

長野県山岳協会50周年記念事業として登頂したヤズィックアグル峰(中国新疆ウイグル自治区)、中央が大西さん

- え?生徒たちを中国へ?

県山岳協会で中国へ行った教員仲間と山岳会を立ち上げて、教育委員会にかけあって実現させました。1988年に第1回隊を中国・四川省へ連れていきました。行く前には1年間、しっかり訓練をします。翌年、第2回隊も準備をしていたのですが、1989年6月に天安門事件が起こりました。7月に行くことが決まっていたのですが、渡航禁止令が出て…。

- 1年間準備していたのに直前で…。

今でも覚えていますが、生徒たちがそれぞれ、自分の思いを語るんです。皆でチームワークを作ってきて、さあ行くぞというときに、こういうことになってしまった。でも、どうしても行きたい、皆、行きたいって言うんです。気持ちは分かるけど、大人としては連れていけない。

- 先生にとってもつらいですね。

申し訳ない気持ちでいっぱいでした。それで翌年は、新たに募集した生徒と、前年行けなかった生徒も一緒に行きました。その後、取り組みは6年間続けて、いったん中断しましたが、とにかく「高校生に夢を与えたい」という一心でやっていましたね。

- 高校生で海外の山を登るなんて、大きな夢です。

私も引率で、91年に中国・青海省に行きましたが、経験すると生徒たちは本当に変わりますよ。


その後、大西さん自身も海外遠征へ。1993年にはアリューシャン列島へ行き、5つの島を渡り歩き、7峰を踏破しました。1999年からは「まだ誰も登っていない山」「標高6000メートル以上」「高校生に夢を与える」をコンセプトに、中国・新疆ウイグル自治区、崑崙(クンルン)山脈の未踏峰・カシタシ主峰(セリッククラムムスターグ、6691メートル)に挑戦。偵察を含め3年がかりで登頂に成功しました。「おじさんでも夢を追う姿を見せることができたかな」と笑う大西さん。次回は山岳部がどのような活動をしているのかを伺います。

PROFILE
1960年、長野県松本市生まれ。信州大学人文学部卒業後、国語教諭として県内各地の高校に勤務。2014年から現在の大町岳陽高校で山岳部顧問を務める。長野県山岳協会理事長、中信高等学校体育連盟登山副委員長、信濃高等学校教職員山岳会所属。「高校生に夢を」がモットー。

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