≪そもそも「竜眼」ってどんなぶどう?≫
長野県果樹発達史(1979年刊行)によると、竜眼は明治12年頃に長野県に伝来したと言われているそうで、上田地域では、「和田龍酒造」の初代「和田龍(竜)太郎」さんが苗木を持参して栽培したことから、「和田龍(竜)」とも呼ばれてきたそう(原典は1929年刊行の「長野県の園芸」(日本演芸会長野支会編))。
和田龍酒造さんによると、
明治20年創業。創業者和田龍太郎翁が酒造業のかたわら、ぶどうの品種改良も手がけ「ぶどう和田龍」をつくり東信地域では珍重されるようになりました。以来酒の銘柄も「和田龍」と命名し、本格的な酒造りへの取り組みを開始しました。
和田龍酒造(酒蔵案内のページ)
とされていることから、更に交配させたものであるのかもしれませんが、明治時代に竜眼が上田に導入されたであろうこと、また、それを日本酒の蔵元さんが行っていたということもとても興味深い歴史だと思います。
そんな竜眼ですが、その後、表舞台からは暫く姿を潜めてしまいます。
次に注目されたのは1968年頃。山梨のマンズワインが長野市で細々と栽培されていた竜眼(善光寺ぶどう)を再発見するところまで時代が下ります。
当時、マンズワインがつながりを持っていた研究者からすすめられた竜眼を長野市で見出し、試しにワインを作ってみたところ、「甲州からのワインとほぼ同様のニュートラルな酒質のワイン」が得られたことから、県や長野県経済連(現・JA全農長野)、塩田町農協(現・JA信州うえだ)がマンズワインと15年にわたって栽培の契約を結んだそう。
(「善光寺ブドウとそのワインについて」(醸協1978年8号)、長野県果樹発達史)
今も上田市の塩田地域ではマンズワインの契約農家として出荷をされている方も数軒いらっしゃるとのこと。他の産地の竜眼とも混ざっているとは思いますが、マンズワインの竜眼のワインはスーパーで販売されていることもあり、比較的手に入りやすいもので、上田地域の生産者にも思いを馳せて味わってみていただくのもいかがでしょう。
ちなみに、マンズワイン小諸ワイナリーには、万酔園というきれいな和風庭園があり、そこにはマンズワインが長野市で見出した竜眼の原木が移植され、今もまだ実を結んでいます。


マンズワイン小諸ワイナリー紹介記事(マンズワイン)
閑話休題。
この竜眼、山梨県で造られている「甲州」とも見た目がよく似ています。
かつて竜眼と甲州は親子関係では?と言われていましたが、近年の研究でDNA解析がなされ、それが明確に否定されたとのこと。系統図を見ると、竜眼は遺伝子的には甲州よりも「マスカット・オブ・アレキサンドリア」の方が近そうなのが驚きです。
(参考)「DNA多型解析による甲州の分類的検討」(後藤,2011)
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