今、素材や製法にこだわって少量生産される個性豊かな“クラフトジン”が世界的なブームです。
ジュニパーベリー(ねずの実)を使用する等の共通認識はあるものの明確な定義はなく、長野県でも独自のジンが誕生。
地域に根ざした酒蔵も製造に乗り出しています。
6代目蔵元 企画開発部長 依田 昂憲(たかのり)さん
世界4大スピリッツ(ジン、ウォッカ、テキーラ、ラム)のひとつで、「ジントニック」などのカクテルでおなじみのジン。EUでは「ジュニパーベリー(ねずの実)の香りが主となるアルコール度数37.5%以上の農作物由来の蒸留酒」と定義され、一般的には数種類のボタニカル(香草や薬草類)が使用されています。
なかでも小規模な蒸留所で造られる個性の強いものは「クラフトジン」と呼ばれ、一風変わったボタニカルを採用するなど、素材や製法にこだわってつくられているのが特徴です。ジュニパーベリーを使用するほかは明確な規定がないことから、近年、世界各地で続々と独自の香りや風味を持つクラフトジンが誕生し、一大ブームとなっています。
その人気は日本でも広まり、日本洋酒酒造組合によると、2020年はコロナ禍にもかかわらず国内出荷量が195万リットルと前年から5割増。2016年まではほとんどなかった輸出も2017年から急増し、輸出金額は2021年に30億円を超え、過去最高額となりました。前年比は74%増を記録するなど、新ジャンルのスピリッツとして存在感を増しています。
長野で注目を集めるつくり手のひとつが、佐久市の酒蔵「芙蓉酒造協同組合」です。長年、日本酒や焼酎づくりを手がけ、特に減反政策で米の代わりにさまざまな農作物が作られた先代の時代からは、全国各地で生産される地域性を色濃く感じる農産物を使った焼酎の委託醸造も取り組んできました。長野県内では坂城町のねずみ大根や小布施町の栗などが、同酒造がつくった特徴的な特産物の焼酎としてよく知られるところです。
こうした多様な素材と向き合ってきた醸造経験と、時代の流れに応じてきた柔軟性、そして自社の酒類を生かした発展性のある独創的な酒造りができないか。そう考えた6代目蔵元の依田昂憲さんが開発に乗り出したのが、自社の日本酒造りの副産物である酒粕を蒸留して生み出す粕取焼酎を使ったクラフトジンでした。
「表現方法として、あらゆる原料が使えるのがクラフトジンの利点です。世界的に市場が熱を帯びているジンは、当社が培ってきたノウハウが活用できると思いました」
縁あって日本におけるクラフトジンの第一人者・三浦武明さんに出会えたことからアドバイザーとして迎え入れ、まずはジンの文化や伝統、製法を勉強。多くの仲間の協力も得て、プロジェクトを進めていきました。「長野県佐久市の日本酒蔵で、焼酎もつくりながら、さらにジンをつくる」という一貫したストーリーを商品に落とし込みたいとの思いのもと、目指したのは、地域素材を使いつつも、ジン本来のおいしさを追求することです。
そこで、使う素材を2系統に分類し、ジンとしてのおいしさを成立させる素材と、長野の地域性を感じさせる材料を分けて考えたと言います。
「世界中で愛されるジンの文化に敬意を表し、ジュニパーベリーを中心に据えて、実際に私が地域を歩いて長野らしさを表現できると感じた素材をオンしていこうと思いました」
こうした香りから依田さんが表現したかったのは、長野の風景です。
「ジンは『香りの酒』と言われますが、対してクラフトジンは『風景の酒』だと思っています。香りでいかに地域を表現するか。長野県は7割以上が森林ですが、同じ森でも昼と夜では表情が異なります。昼の森のようなさわやかなジンはたくさんありますが、私はこのジンで、怪しげで探ってみたくなるような夜の森の雰囲気を表現できると面白いと思いました」
汲々とした時代において、生活の中での心のゆとり=余白を大切にできるお酒であってほしいと思ったこと。また、アドバイザーの三浦さんから「ジンはバーテンダーが独自のカクテルにする遊びのスペース=余白を残しておかないといけない」と言われていたこと。協力してくれた多くの人の“関わりしろ(※)”=余白によってできあがったこと。そうした思いを商品名に込めました。
(※関わりしろ=誰もが関わりたくなるような余白や伸びしろがあることを意味する造語。)
「お客さまからのうれしかった言葉のひとつが『封を切った瞬間に生まれ育った長野の風景が目に浮かびました』というものです。コロナ禍で地元の長野に行き来できない東京在住の方からのメールでした。自分の思い描いていたことが伝わって、これまでの苦労が報われた思いがしました」
さらに、素材選びで何度も地域の山や森に入る中、改めて地元の魅力にも気づき、考えが研ぎ澄まされたという依田さん。
「いつも何気なく見ていた風景の中にジンの素材になるものがたくさんあって、地域に対する意識が変わりました。若い頃は都会に憧れて大学進学とともに上京し、地元には跡取りとして必然的に戻りましたが、歳を重ねて多くの人とも関わる中で、十分、ここにも刺激があるとわかりましたし、ジンをつくることで、さらにものの見方や考え方が深まりました。そんな私のこれまでの人生や思いを、この土地だから完成させることができたジンに全て詰め込んでいます」
今後はジンの文化を伝える取り組みにも力を入れ、長野県のクラフトジンのパイオニア的存在になりたいと話す依田さん。伝統の技術と素材や人との出会い、佐久市の自然環境とチャレンジ魂に“余白”が生み出す創造性も加わったクラフトジンが、長野の酒造りの可能性を広げていきます。
芙蓉酒造協同組合
住所:長野県佐久市平賀5371-1
電話:0267-62-0340
http://www.fuyou.org/
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