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“歩いて感じる信州でのスローライフ”(1)

I♥信州(あいラブしんしゅう)
“歩いて感じる信州でのスローライフ”(1)
信州の若者に伝える思い

「I♥信州」は、長野県外から信州へ移住された方に、移住のきっかけや信州での暮らしの様子をお伺いし、長野県の魅力をさらに伝えていこうというコーナーです。

第8回目のI♥信州は、2012年に神奈川県横浜市より佐久市に移住された、古澤守さん・千絵さんご夫妻にお話をお聞きしました。


古澤さんご夫妻(ご自宅の前で)

守さんは、横浜市で建築設計のお仕事をされていました。
また、横浜で発足したシニアクラブ「横濱倶楽部」、「信州横濱倶楽部」の代表世話人として、長野県と横浜との交流を深める活動に取り組んでいます。

古澤さんご夫妻が信州へ移住するまでの経緯などのお話を佐久市のご自宅でお聞きしました。


■洋風建築が盛んな横浜から信州へ

古澤さんは東京都のご出身。学生時代から、活気があり、様々な文化・物が交流する横浜に憧れて、居を移して以来、建築設計のお仕事を約50年間されていました。
商業建築設計を主として、横浜市内に約7,000件もの設計に携わり、横浜市に点在する各鉄道の駅前には古澤さんの設計した店舗が必ず数店舗あるそうです。
今でも月一回程度、携わった建築物件を視察し、見守っておられます。

諸外国の文化が息づく横浜は洋風建築が盛んな土地。古澤さんは自身でデザインした洋風建築設計でもステンドグラスを加えたり、外国の文化を日本式にアレンジし、暖かみのあるやさしいデザインを心がけていました。
また、当時の横浜は若者文化に影響を及ぼした米国の横須賀基地が近く、外国人や時代の先端をいく著名人などが数多く訪れ、日本の若者文化を全国に発信していました。
その中で古澤さんは日本初の「ディスコ」の設計を手がけた経験をお持ちです。

奥様の千絵さんは、飲食店を経営し、昼間は喫茶店・夜はワインなどのお酒を取り扱うなど、オーナーとしてお店を切り盛りしていました。

後に、お好み焼き店に姿を変えましたが、訪れるお客様との出会いを楽しみながら、お仕事に励んでいました。

当初は、東京に戻るつもりだったという古澤さんご夫妻。
横浜の街の雰囲気が気に入って暮らし続けましたが、3年前に旅行で訪れた長野県諏訪地域との出会いが、古澤さんの人生の新たなターニングポイントとなりました。


古くから諸外国との貿易の拠点として発展した横浜

※横浜港:
江戸時代(安政6年)に開港された横浜港は諸外国との貿易を開始し日本に洋風文化を発信した最大のターミナルとして栄え、また明治より信州特産の生糸を諸外国へ輸出する中心の港として大きく発展しました。
諸外国から殺到する生糸の需要に信州が応え、その諸外国との窓口として横浜が位置していた事実は、信州(長野県)と横浜の古くからの特別な縁と、信州と横浜との交流の深い歴史を感じます。

■様々な花が咲き誇る、立科の風景に魅せられて

今から3年ほど前、古澤さんは横浜で活動しているシニアクラブ「横濱倶楽部」のメンバーとともに長野県の諏訪地方を訪れました。
そこで見た、諏訪湖や周囲の山並み、また立科でのりんごの花が咲き乱れている風景に感動したそうです。

守さん:「神奈川県にも箱根など魅力的な風景の場所はありますが、手のついていない自然を見ることができる場所はなかなかありません。立科を訪れたとき、りんごや桜、こぶしの花が一斉に咲いているのを見て、こんなに素晴らしい景色はないなぁと感動しました。これが信州の第一印象ですね。」

長野県の阿部知事が以前横浜の副市長を務めていたことや、ご友人がすでに軽井沢や上田、立科に移住していたことが決め手となって、2012年10月、信州への移住を決断しました。

守さん:「本当は友人のいる立科に、と思っていたのですが、見ていた物件が夫婦2人で暮らすには少し大きいと思って・・・。
そんなとき、佐久市からの紹介で今の家を見せていただいて、これはいい!と決断しました。
僕は、池波正太郎や藤沢周平の小説が好きなんですが、物語の中に登場していそうな古民家風の物件で、壁や天井が少しすすけているのも、なんとも雰囲気があって気に入りました。
友人達からは、これから冬の時期に向けて、いろいろなアドバイスをもらっています。暖房のこと、特に石油ストーブなんて横浜に住んでいたときは使ったこともなかったですから。
ストーブからパイプをこたつの中に入れて、あたためるとか・・・ 知らなかったですね~。移住してから初めての冬ですが、ちょっと不安もありでも楽しみです。」

※横濱倶楽部:平成21年6月に横浜を愛する皆さんが集まり発足したシニアクラブ。
当初は、横浜の建築に携わる方々の親睦団体としてのスタートでしたが、その後、建築以外の様々な業種や若い世代の方々なども加わり、現在は異業種交流をベースに、地域社会への貢献を目的とした団体として活動しています。
他の地域、第二の故郷としての地域とも交流していきたいとの会員の声を受け、倶楽部会員と関係のあった、長野県立科町との交流活動が2012年の5月から始動しています。


上段左:古民家風がお気に入りという古澤さんのご自宅。
      縁側から眺める庭も雰囲気があります。
上段右:古澤さんが代表世話人を務めるシニアクラブ「横濱倶楽部」の活動誌
下段:春には様々な花が咲き乱れる立科

■町歩きで横浜と信州のつながりを発見

古澤さんご夫妻の信州の暮らしは「とにかく町を歩く」こと!

ご自宅の近くにある公園や、美術館、商店街など、町歩きをする中で横浜と信州の意外なつながりや、様々な発見がありました。

その中でも全国的に有名なコーヒーブランド「三本コーヒー」や「キーコーヒー」を約30年以上も取り扱っているカフェを発見!(・・・コーヒーの発祥の地は横浜。)
しかもキーコーヒーを扱うお店のオーナーは横須賀の海上自衛隊に所属していたんだとか。

守さん:「岩村田商店街にある、安くて美味しい「青春食堂」や、「およげたいやきくん」で有名な、東京麻布十番にある「浪花家」からのれん分けした鯛焼き屋さんなど、今、町が寂れているところが多いけど、歩いてみるといろんな発見があるので楽しいです。
町が寂れてしまうのは、みなさん歩かないからじゃないかと思って、とにかく町場を使うようにしています。夫婦で散策するときはスカジャンを着て歩いているので、通りすがりの方などには不思議な顔で見られたりしますけどね(笑)
30~40分歩くのは健康の素!疲れているから・年寄りだからってしょぼくれちゃダメですよ。」

青春食堂で食事をして、コーヒーを飲んで、午後3時に鯛焼きを食べる・・・、それが古澤さんの町歩きの定番コース。
ご友人が遊びに来たときもなるべく大きなレストランは使わず、町場の中の食事処を使っているそうです。

地元での生活を自らプロデュースしている古澤さんだからこそ、訪れるご友人のみなさんも楽しんで滞在できるのかな、と感じました。

守さん:「この間、松代に出かけたときに発見したのですが、佐久間象山は横浜開港の立役者のひとり。
信州は養蚕が盛んな地域ですが、信州の生糸が横浜の港から世界に飛び立っていったのかな、と想像してなんだかワクワクしましたね。
友人の中にも、信州出身の奥さんをもらっている人が多いし、信州とは何かと縁が多いです。横浜と信州は自然とつながっている気がします。」

横浜で知り合ったいろんな人たちのつながりが、信州にたくさんあった・・・古澤さんが信州に移住を決めたのも、もしかすると偶然ではなかったのかもしれません。


上段左:スカジャン姿で歩く、古澤さんご夫妻。若々しいです!
上段右・下段:散策の定番コース、岩村田本町商店街。

次回、後編では古澤さんが現在活動している「信州横濱倶楽部」の取り組みや、移住を考えている方へのメッセージをご紹介します。
お楽しみに♪

【インタビュー実施時期 2012年12月】

【古澤さんご夫妻が移住された佐久市】
長野県の東信地域、群馬県との県境に位置します。
長野新幹線の開通以来、発展を続け、2005年の市町村合併により長野県で5番目の10万人都市となりました。
中山道と佐久甲州街道とが交差する地域であったため、宿場町として発展した歴史も持っています。
鯉の養殖が盛んで、通常の養殖のほか水田での養殖も行われています。


佐久市役所                         JR佐久平駅

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