INTERVIEW斉藤 希生子マスヤゲストハウス

斉藤 希生子

大切なものを愛おしみながら、諏訪の魅力を伝えていく

長野県下諏訪でゲストハウスを営んでいる斉藤希生子(さいとうきょうこ)さん。かつて旅館だった築100年以上の木造二階建てをバー併設のゲストハウスにリノベーション。開業4年で国内外の利用者だけでなく、地元の人々にも大切な場所として認知されるようになりました。幼いころから地元を離れたかったという斉藤さんが、どんな経緯で地元長野でゲストハウスを開業したのでしょうか。

とにかく海外に行きたかった

育ったのは茅野市で三人兄妹の真ん中でした。兄妹でなぜか私だけ都会への憧れが特に強く、地元を離れたいという気持ちがあって。高校も県外の学校を選んで行きました。
高校時代はボランティアサークルに入っていて、そこで担当先生が海外協力隊の話などをよく聞かせてくれたんですね。中学生の頃はテレビ番組の『世界ウルルン滞在記』が大好きで。自分もあの番組にリポーターとして出たいと思っていたので、先生が聞かせてくれる青年海外協力隊などの話は面白かったです。

高校卒業後、農業大学の国際農業開発学科に進学したのも、そこだとJICA(国際協力機構)や青年海外協力隊に進む人が多かったというのもありました。でも、大学生活はとにかくやることがたくさんあって楽しくて…。ダンスサークルや農業実習に夢中になり、気づけば大学4年の夏休みが目の前にきていました。

自分はとにかく海外に行ってみたかったはずなのに、このままだと学生時代に一度も行かないまま終わってしまうかもしれない。大学4年だから周りと同じように就職活動もやっていましたが、どこかに勤める自分が想像できなかったんですね。絶対に、自分が「これだ!」と思えることがあるはず!とどこかで思いながら就活しているような。それで、「今、これだ!と思っていることをしよう。海外に行こう」と決めてしまいました。初めての海外旅行だけど世界一周しようと。準備期間が一か月もなくてすごく慌ただしい出発でしたけど。笑

築100年以上の木造2階建て。敷地も大きく、ゆったりとした佇まいは「おかえり」という雰囲気がよく似合う。

世界一周旅行で出会うゲストハウスの魅力

世界一周の旅、本当に行ってよかったです。夏休み丸々2カ月と更に1カ月で合計3カ月の旅で、香港からスタートしてインドからヨーロッパに行って、南米に渡って、最後の国はオーストラリアでした。
いろんなことがありましたが、いつも誰かが助けてくれたり優しくしてくれて。「世界中の悪い人、滅んだんだな」と思ったくらいです。笑
旅先で泊まるゲストハウスでは、ほとんどがその日に初めて会う人ばかりなんですが、親しくなるのがとても早いんです。ゲストハウスは旅先の家で、人の距離が縮まるのがとても早い空間なんだと思って感動しました。

自分もそんな空間に身を置いてみたいと思って、ゲストハウスでオープニングスタッフとして働き始めました。スタッフとして働いていく中で、自分がホストとしてゲストを受け入れるということが好きなんだということもよく分かり、「この仕事なら自分の生業になる」と確信しました。
ゲストハウスのスタッフとして働くのもとても楽しかったのですが、「自分だったらこうしたい」という気持ちもたくさん生まれて。「自分のゲストハウスをやろう」と決めたのが24歳くらいのときです。

どこで開業するかを決めるのに1年くらいかかりました。最初は観光客が多いエリアの方がいいのかなと東京や京都で考えていたんですが、地方のゲストハウスに行く度に、そこで紹介してもらって出会うことや出会う人がいて、好きな場所が増えて。「地方の宿にはその地域の魅力を広げていく役割があるんだ」と思うようになったんですね。それで、戻るとは思っていなかった地元の諏訪で開業することを初めて考えるようになりました。

2016年に結婚して、今は1歳の息子の子育て真っ最中の斉藤さん。人見知りしない息子くんはゲストにも可愛がられていた。

地元諏訪で老舗旅館をリノベーション

諏訪で物件を探すためにいろんな会合や集まりに出ましたね。地元を離れて時間も経っていたので、まずは住んでいる人たちとたくさん話がしたかった。そんな流れで、あと数カ月で取り壊される予定だった老舗旅館『ますや』のことを教えてもらって。諏訪エリアで、交通の便がいい場所で、徒歩で観光できる場所がある物件を探していたのでぴったりでした。
旅人はまたここに来たくなって、住んでる人もここがより好きになる。諏訪地域がそうなるための一つの役割になれるように、宿づくりを進めていきました。旅行者と観光地の間にゲストハウスが入ることで、人と人、人と町、人と何かをつなげたりする宿を作ろうと。廃業して20年経った宿のリノベーションでもたくさんの人に手伝ってもらいました。

大きめのバーが欲しいと思ったのも、旅人だけじゃなくて、地元の人も来てくれる場所を作りたかったからです。少額でもいいので「お金を払うこと」があれば来やすかったり居やすかったりするじゃないですか。周りにオススメしたいご飯屋さんはたくさんあるので、下諏訪にすでにあるものをやる必要はないし。「バーカウンターでジントニックが飲めるところはないんじゃない?」「それじゃあカクテルを出すようにしよう」とか考えたり。

バーという空間があると、旅人と地元の人が交差する場所にもなるんですね。バーでよくあるやりとりが、地元の人が泊まりに来たゲストに「何でこんな何にもないところに来るんだ」って言ったりするんです。
でも、ゲストはわざわざ休みの日に下諏訪を選んできていて、「あそこがよかった」「これがよかった」と話してくれる。外からの声を聞く機会があると、気づいていなかった土地の魅力を再発見することもあったり、地元が褒められるとやっぱり嬉しかったり。そんなふうに人と人や、人と町をつなげたりする場所を作りたかったし、ゲストハウスが持てる役割のひとつだと思っています。

今では周囲のお店の方がゲストの宿泊客に本当によくしてくれます。私たちもゲストに紹介して絶対に喜んでくれると確信しておすすめできるのがとてもありがたいです。

リビングに接しているカウンターバー。にぎやかなタイルと不揃いのイスが不思議と調和をつくっている。

ゲストにとって一番よいことを提供したい

2014年に開業して毎日夢中でゲストハウスを運営していく中で、半年くらいたって「このままじゃだめだなあ」と思うようになりました。
私は目の前のことにすぐがむしゃらになるので、一人で全部やろうとしてしまうんです。開業当時は丸一日ぜんぶ宿のことに使っていて、朝早くから夜中までボロボロになるまで働きました。スタッフもがんばってくれていたのに、「全部自分でやらなきゃ」「自分で決めなきゃ」と思い込んでいました。
あと、宿のことは一日中考えていたけれど、スタッフ皆のことはちゃんと考えられているかなと思って。自分でやりたくて始めたことだけど、助けてくれているスタッフはどんなことを考えているんだろうって。

それでスタッフときちんと話し合いをしてみました。そうしたら、「信頼してほしい」という声が出てきたんですね。「そうだよなあ」と思いました。それまでは仕事はやってもらっているけれど、「本当はこうしてほしいのにな」とか「あれは大丈夫かな」と気をもんだりしていて。それって任せると言っているだけで、ちゃんと信頼できていなかったんだなぁと反省しました。信頼して、任せたら、あとは何かあっても責任とる!くらいの覚悟でいないとダメだなと。
それから日報を始めたりして、皆がどんな気持ちで働いてくれているのかすごく分かるようになりました。毎日の日報を読むのがとても楽しみで。皆、「この宿をよくしよう」「ゲストに気持ちよく過ごしてもらおう」という気持ちでいろんな提案をしたり、実践してくれています。

マスヤゲストハウスは6人スタッフがいて、通常4人で回しているのですが、スタッフ全員が諏訪のこと、まわりのお店のこと、温泉のこと、どんな雰囲気でどんな店主さんなのか、おすすめメニューはどんなものかといった様々なことを案内をできるように心がけています。どんなゲストが泊まっていて、どんな風に過ごしたそうか、どんなことがあったか、なども情報共有して。
ゲストの相談に合わせて諏訪を案内する時間がうちはすごーく長いんですよ。下諏訪の良さを伝えようとするとそうなるんですね。
スタッフ一人ひとりが、そのときできる、ゲストにとって一番よいことを提供する。それがこの町を旅した人のよい記憶のひとつになってほしいと思っています。

吹き抜けで両面からも光が射しこむリビングルーム。宿泊者がのんびり本を読んでいたり、地元の人がふらりと寄ったり。何となく始まるおしゃべりも楽しい。

大切なものを大切にしながら

2016年に結婚して、今は1歳の息子の子育てもしていて。今は宿と子育てをどうしたら両立できるだろうか、としょっちゅう考えてます。
子どもが生まれる前は、宿運営について「こうすべきじゃないだろうか」と思っていても、変えることに勇気が必要なんですね。以前は変化させることが怖かったりしたんですが、今は少し変わりつつあります。
家族ができたことで、自分にとってすごく大切なものが増えました。それで、大切なものを大切にしながら働けないと意味がないと思いました。
マスヤは大切な場所だから、始めてしばらくは 「ずっといたい」「ずっと見ていたい」と思っていたけれど、今は他にもたくさんの大切なものがあり、宿にずっといることはできません。以前の自分だったらボロボロになろうが自分でやるという感じだったんですが、誰かを信頼して一緒に大切なものを守っていけるというのは本当にありがたいと思っています。

開業して4年が経ち、「諏訪が好きだ」という気持ちがどんどん高まりました。とても暮らしやすい場所です。人との新たな出会いや、つながりや、わくわくするような発見といった「東京じゃなきゃできない」と思っていたことが全部できました。自分の地元でもこんなに素敵な人がいて、こんなに素敵な出来事があるんだと。

5年後くらいには諏訪の魅力が日本中でもっと知られているといいなぁと思っています。そのためにも諏訪の魅力をこれからも伝えられる宿でありたいです。
あと、これは下諏訪の町の方が話してくれたことなのですが、「下諏訪の子どもたちが大きくなったときに、また戻ってきたくなるような、地元は楽しかったなと思えるような場所にしていきたい」と。それにとても共感できて。自分たちも楽しみながら、それを見ている下の世代や子どもたちが、一度どこかに出て行っても「帰ってきたい」と思える町になる。「町を活性化するにはどうしたら」と難しく考えるよりも、ずっとわかりやすくていいなと思っています。

自分もゆくゆくは子どもを3人ほしいなと思っていますが、子育て世代が楽しみやすい町の案内もこれからしていきたいですし、学校帰りの近所の子どもたちがマスヤゲストハウスに寄って、オレンジジュースを飲んでいるような、そんな風景が生まれるといいなあと思っています。

赤レンガの裏門から入ると中庭があり、縁側につながったリビングが見える。贅沢な空間の取り方は元老舗旅館ならでは。

斉藤希生子さん
Profile 斉藤希生子さん
茅野市出身。マスヤゲストハウス(下諏訪)オーナー。かつて旅館だった築100年以上の木造二階建てをバー併設のゲストハウスにリノベーション。観光客のみならず、地元の人にも愛される宿を運営しながら、諏訪の魅力を毎日発信し続けている。

マスヤゲストハウスとその周辺

宿を案内してもらいながら、ご近所のお店もいくつか教えてもらいました。お店の紹介を聞いているだけで行くのが楽しみになってくるのは、「きっと楽しんでもらえる」という自信と実感が斉藤さんやスタッフ皆さんあるから。

Point 1

宿泊者用の共有キッチン

光がふんだんに入るこの空間で作る朝食はさぞかし美味しくて楽しいだろうと思わせるキッチン。フリードリンク、調味料や調理器具なども一通り揃っている。

Point 2

カウンターバー

スタッフが毎晩交代で立つカウンターバー。旅行者だけでなく、地元の人が加わってさまざまな話に花が咲く。

Point 3

宿泊部屋

かつて旅館だった建物をダブルルームから布団タイプの個室までバラエティ豊かに、かつ贅沢に利用している。写真は男女混合8人ドミトリー。

Point 4

Eric’s Kitchen

マスヤから徒歩10分。カナダから来たエリックさんが下諏訪に移住して開業したカフェ&レストラン。朝食も食べられます。

Point 5

新湯

マスヤから徒歩5分。昭和2年の開業で下諏訪では比較的新しい浴場というからすごい。昔ながらの公衆浴場の雰囲気で温泉を楽しめます。

Point 6

うな富

マスヤから徒歩5分。目当ての角を曲がったときから鰻の美味しそうな匂いがしてきます。アットホームな雰囲気で本場の味が味わえます。

斉藤 希生子

マスヤゲストハウス

住所:〒393-0062 長野県諏訪郡下諏訪町平沢町314
TEL:0266−55−4716 (8-11時,16-22時)
マスヤゲストハウスへのリンク

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